• ホーム
  • コラム
  • 笑いが起きる研修ほど人は変わる | 成果の出る研修、出ない研修を分ける組織の空気
コラム

笑いが起きる研修ほど人は変わる | 成果の出る研修、出ない研修を分ける組織の空気

目次

研修はなぜ現場で忘れられてしまうのか

ある企業の研修担当者の方と、お話しをしていたときのことです。
その方は、少し困ったような顔をしながら、こんなことをおっしゃいました。
「研修の評判は悪くないんです。アンケートでも“よかった”という声は多いんです。でも……現場が変わらないんです。」

この言葉、経営者や管理職の方なら、一度は感じたことがあるのではないでしょうか。
せっかく時間と費用をかけて研修を実施する。
講師を呼び、資料を準備し、社員の時間も確保する。
ところが数週間もすると、現場はいつもと同じ。
研修の話題が出ることもなく、日常の忙しさの中に埋もれてしまう。

研修の場では確かに学んだはずなのに、現場では思い出されない。
これは、実はとてもよくあることです。
もちろん、講師の説明が悪いわけではありません。
内容が間違っているわけでもありません。
むしろ、理屈としては正しい話をしている場合がほとんどです。

それでも、現場ではなかなか変化が起きない。
なぜでしょうか。
その理由を考えるとき、まず知っておきたいのは、人間の脳の仕組みです。

私たちの脳は、日々膨大な情報を受け取っています。
仕事の指示、メール、会議、資料、ニュース、会話。
そのすべてを覚えていたら、脳はすぐにいっぱいになってしまいます。
そのため脳は、ある意味とても合理的にできています。
「重要ではない」と判断した情報は、どんどん忘れていくのです。

心理学の研究では、人は新しく得た情報の多くを、数日以内に忘れてしまうと言われています。
いわゆる「忘却曲線」という現象です。
つまり、ただ説明を聞いただけの情報は、時間とともに自然に消えていくのです。

では、どんな情報が記憶に残るのでしょうか。
ここで重要になるのが、感情です。
人の脳は、感情が動いたときに情報を強く記憶します。

驚いたこと。
思わず笑ってしまったこと。
強く共感したこと。
少し意外だったこと。
こうした体験を伴った情報は、単なる知識としてではなく、「印象」として記憶されます。

たとえば、学生時代の授業を思い出してみてください。
教科書の内容はあまり覚えていなくても、先生のちょっとしたエピソードや、教室で起きた出来事だけは妙に覚えている、という経験はないでしょうか。
それは、その場で何かしらの感情が動いたからです。

実は研修でも、同じことが起きています。
ただ静かに説明を聞く研修では、内容がどれほど正しくても、脳はそれを「重要な体験」として扱いません。
情報は頭を通り過ぎ、そのまま忘却の流れに入ってしまいます。

一方で、笑いが起きたり、意外な話が出たり、「なるほど」と思わずうなずく瞬間があったりすると、状況は変わります。
脳の中ではドーパミンという神経伝達物質が分泌され、注意が高まり、記憶が強化されます。これは学習や好奇心と深く関係する物質です。
簡単に言えば、面白いと感じた瞬間、人の脳は“学習モード”に入るのです。
つまり、研修の効果を高めるためには、内容の正しさだけでは足りません。
受講者の注意を引きつけ、感情を動かし、印象として記憶に残る体験が必要になります。

ところが、ここで一つの誤解が生まれます。
それは、「笑いが起きる研修は、軽い(効果が薄い)のではないか」という考え方です。

企業研修というと、どうしても「真面目であるべき」というイメージがあります。
静かに話を聞き、メモを取り、秩序だった空気の中で進む研修。
確かに、それは“研修らしい光景”かもしれません。

しかし、もしその研修が、数週間後にはほとんど思い出されないとしたらどうでしょう。
その研修は、本当に効果的だったと言えるのでしょうか。
私はこれまで、さまざまな企業の研修現場を見てきました。
その中で強く感じるのは、人が変わる研修には必ず“印象に残る瞬間”があるということです。

それは、思わず笑いが起きた場面かもしれません。
あるいは、たとえ話に「まさにうちの現場だ」とうなずいた瞬間かもしれません。
あるいは、場の空気が一瞬で静まり、誰もが真剣な表情になった瞬間かもしれません。
そうした体験は、単なる情報ではなく、「出来事」として受講者の記憶に残ります。
そして数日後、あるいは数週間後、現場でふとしたときに思い出されるのです。

「あのとき、あんな話をしていたな」
この“思い出される瞬間”こそが、行動変化の入り口になります。
では、どうすれば研修の中にそうした印象的な瞬間を生み出すことができるのでしょうか。
実はそこには、いくつかの共通する要素があります。

笑い。
意外性。
ストーリー。
そして、場の空気の変化です。
私はこれを、「セミナーの高低差」と呼んでいます。笑いが起きる場面があり、空気がやわらぐ瞬間がある。
しかし同時に、急に真剣な空気に変わる瞬間もある。
平坦な研修ではなく、感情の振れ幅がある研修です。
なぜこの“高低差”が人の学びを深めるのか。
そして、なぜ笑いが起きる研修ほど人が変わるのか。
続いては、実際の研修の場面を例にしながら、その理由をもう少し具体的に見ていきたいと思います。

「テレビを見ているみたいだった」と言われた研修

ある研修が終わった後のことです。
受講者の方から、こんな感想をいただいたことがあります。
「テレビを見ているみたいでした。」
最初にこの言葉を聞いたとき、私は少し意外に感じました。
というのも、企業研修というのは一般的に「テレビのようなもの」とはあまり言われないからです。

多くの人が思い浮かべる研修のイメージは、もっと静かなものです。
講師が前に立ち、スライドを説明し、受講者はメモを取りながら聞く。
ときどき質問があり、時間になると終了する。
整然とした、いかにも“研修らしい”時間です。

ところが、私の研修は少し雰囲気が違います。
たとえば話の途中で、ちょっとしたたとえ話を入れることがあります。
あるいは受講者が頭の中で予想している流れを、ほんの少しだけ外すことがあります。
そうすると、会場にふっと笑いが起きることがあります。

その瞬間、場の空気が変わります。
それまで少し緊張していた人の肩がふっと下がる。
隣の人と顔を見合わせて笑う人もいる。
「なんだ、この研修はちょっと面白そうだぞ」と感じ始める人も出てきます。
すると、それまで静かだった会場に、少しずつ温度が生まれてきます。

実は、ここがとても大事な瞬間です。
人は、最初から完全にリラックスした状態で、研修に参加しているわけではありません。
多くの場合、「研修だから真面目に聞かなければならない」という意識が働きます。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。

しかし、あまりに緊張した状態では、人は受け身になりやすいのです。
間違えないように。
目立たないように。
とりあえず聞いておこう。
こうした姿勢では、深い学びは生まれにくくなります。

だから私は、最初に少しだけ場をやわらかくすることを意識しています。
そのために使うのが、たとえ話やストーリーです。
抽象的な説明よりも、具体的な物語の方が、人は自然に引き込まれます。
たとえば、現場で起きたちょっとした出来事を紹介すると、「それ、うちの職場でもあります」という声が出ることがあります。
あるいは、思わず笑ってしまうようなエピソードに共感が生まれることもあります。

そうして場に小さな笑いが生まれると、不思議なことが起きます。
受講者同士の距離が、少し縮まるのです。
それまで静かに座っていた人が、隣の人と小声で話し始める。
「そうそう、うちも同じですよね」と頷き合う。
そんな光景が、少しずつ広がっていきます。

研修の空気が、「聞くだけの場」から「考える場」に変わる瞬間です。
実際、研修後のアンケートでは、さまざまな感想をいただきます。
「テレビを見ているみたいでした」
「今まで受けた研修の中で三本指に入ります」
「神回でした」
“三本指に入る”と言われたときには、思わず心の中で「一本じゃないのか」とツッコミたくもなりますが、それでも印象に残る体験だったことは伝わってきます。

もちろん、私の目的は、単に笑いを起こすことではありません。
笑いだけなら、お笑い番組の方がずっと上手でしょう。
私が大切にしているのは、その後に訪れる空気の変化です。
場が和らいだところで、私は少し話し方を変えます。

声のトーンを少し低くする。
話すスピードを落とす。
目線をゆっくり会場に向ける。
すると、さっきまで笑っていた会場が、すっと静かになる瞬間があります。
この瞬間、受講者の注意が一気に集中します。

「セミナーの高低差」
笑いがある。
場がやわらぐ。
しかし、そのあとに真剣な空気が訪れる。
この振れ幅があると、人の記憶は強く刺激されます。

ずっと同じトーンで話が続く研修では、どうしても注意が散漫になりがちです。
しかし、空気が変わる瞬間があると、脳は「何か重要なことが起きている」と感じます。
心理学では、人は予想していた流れが少し外れたときに、強く注意を向けると言われています。
これを「予測誤差」と呼びます。

簡単に言えば、脳は「予想外のこと」に敏感なのです。
笑いが起きる瞬間も、実はこの予測のズレによって生まれます。
そして、その直後に訪れる真剣な空気は、さらに強い印象を残します。
笑いと静寂。
やわらかさと真剣さ。
この振れ幅こそが、研修の記憶を強くするのです。

受講者の方から、後日こんな話を聞いたことがあります。
「あのときの話、現場で思い出したんです。」
その言葉を聞いたとき、私はとてもうれしく思いました。
研修は、その場で終わってしまっては意味がありません。
現場に戻ったときに思い出されてこそ、初めて価値を持つからです。

では、なぜストーリーやたとえ話は、ここまで人の記憶に残るのでしょうか。
この後は、もう少し踏み込んで、「人はなぜ物語に引き込まれるのか」という視点から考えてみたいと思います。

人は「正しい話」では動かない―ストーリーが脳を動かす理由―

企業研修の現場では、よくこんなことが起こります。
講師は、とても正しいことを話している。
内容も整理されている。
資料も分かりやすい。
ところが、受講者の表情は時間が経つにつれて、少しずつ静かになっていくのです。

最初はうなずいていた人も、途中から腕を組み始める。
メモを取っていた手が止まる。
時計に目をやる人が出てくる。
パソコンを使って内職をはじめる。
そして研修が終わるころには、「なるほど、正しい話だったですね」という感想は残っても、その数日後には内容の大半が思い出せなくなっている。

これは珍しいことではありません。
むしろ、多くの企業研修で起きている現実です。
なぜ、こうしたことが起きるのでしょうか。
それは、人は「正しい話」だけでは動かないからです。

もっと正確に言えば、人の脳は、正しい情報を受け取っただけでは、すぐに行動を変えるようにはできていません。
人を動かすのは、情報そのものではなく、その情報が体験として受け取られたかどうかなのです。
私は研修の中で、よくたとえ話やストーリーを使います。
なぜなら、それが単なる雰囲気づくりではなく、人の脳の働きに沿った方法だからです。

たとえば、若いころの私の話です。
私は、設備管理の仕事に関わっていました。
高所作業、高熱作業、機械操作、化学物質の取り扱い。
現場には、今振り返っても「よくあの緊張感の中で仕事をしていたな」と思うほど、さまざまなハザードがありました。
しかも相手にするのは現場だけではありません。
行政との繊細な打ち合わせもあれば、近隣住民との関係維持もある。
つまり、目の前の作業だけではなく、会社の信頼まで背負う仕事でもあったのです。

そんな現場で、私はあるとき上司にこう言われました。
「おまえ、それはえらいぞ」
私は関東で生まれ育ちましたから、その言葉を真っすぐ受け取りました。
「偉い」と褒められたのだと思ったのです。
きっと大変な仕事を任されたから、それを評価してくれたのだろう。
そう解釈して、私はかなり真面目に「ありがとうございます」と返しました。

すると、周囲が笑ったのです。
あとで分かったのですが、その上司は関西の言葉の感覚で「えらい」と言っていました。
つまり「それは大変だぞ」という意味だったのです。
私は褒められたと思い、周囲は「違う違う」と笑う。
今となっては、私自身も笑って話せるエピソードですが、当時はかなり真剣でした。

この話を研修ですると、多くの場合、会場に笑いが起きます。
けれど、私が本当に伝えたいのは、笑いそのものではありません。
そのあとに続く、一つの本質です。
言葉は同じでも、受け取り方は人によって違う。
この一言を添えると、会場の空気が少し変わることがあります。
受講者の中に、「あ、それはうちの職場でも起きているかもしれない」という感覚が生まれるからです。

上司は伝えたつもり。
部下は分かったつもり。
けれど、実際にはまったく違う意味で受け取っている。
こうしたズレは、品質問題にも、安全問題にも、対人関係の摩擦にもつながります。

ここで起きていることは、単なる“面白い話”ではありません。
受講者は、そのエピソードを通して、自分の職場の現実を思い浮かべ始めているのです。
心理学では、人が物語に引き込まれ、その世界を自分のことのように感じる現象をナラティブ・トランスポーテーションと呼びます。
少し難しい言葉ですが、意味は単純です。
人はストーリーを聞いていると、ただ情報を処理しているのではなく、頭の中でその場面を再現します。
あたかも自分が、そのストーリーの中にいるかのように感じ始めるのです。

映画を見ていて、登場人物が危険な目に遭うと、思わず体に力が入ることがあります。
悲しい場面で、涙が出ることもあります。
画面の中の出来事は自分の人生ではないのに、脳はどこかで「自分ごと」として受け取っているのです。
研修でストーリーが効くのも、まったく同じです。

さらに脳には、他人の行動や感情を自分の体験のように感じる仕組みがあります。
いわゆるミラーニューロンの働きです。
誰かが痛い思いをする場面を見ると、こちらまで身をすくめたくなる。
スポーツを見ていると、自分も一緒に力んでしまう。
こうした反応は、脳が他者の体験を模倣するから起きます。

つまり、現場の失敗談やヒヤリとしたエピソード、上司とのやり取り、ちょっとした勘違いの話は、聞き手にとって単なる情報ではありません。
脳の中では、疑似体験として処理されているのです。
そして人は、疑似体験したことを忘れにくい。
これが、ストーリーが記憶に残りやすい理由です。

もう一つ、私が大切にしているのが、メタファー(たとえ話)です。

たとえば「観察力が大事です」とそのまま言っても、もちろん間違いではありません。
けれど、それだけでは抽象的です。
そこで私は、できるだけ現場の景色が浮かぶ言葉に置き換えます。
「問題は、起きる前に教えてくれている」
「現場には、小さな違和感が落ちている」
「事故は突然起きるように見えて、実はずっと前から予告を出している」

こうした言い方をすると、受講者の頭の中にイメージが生まれます。
人の脳は、抽象語よりもイメージできる言葉の方を記憶しやすいのです。
これはセールストークの分野でもよく知られていることです。
人は、論理に納得しただけでは動きません。
しかし、頭の中に情景が浮かんだ瞬間、理解は深くなり、感情が動きます。

私はこの点で、研修と営業には共通するところがあると思っています。
人は「正しい説明」だけでは動かない。
でも、「自分の未来が見えた」ときには動き出す。
だからこそ、研修でも現場のイメージが浮かぶ言葉、情景が見える話、そして思わず誰かに話したくなるメタファーが重要になるのです。

さらに、ここに笑いが加わると、学びは一段深くなります。
笑いが起きた瞬間、脳ではドーパミンが分泌されると言われています。
ドーパミンは、好奇心や学習意欲、注意の集中に関わる神経伝達物質です。
簡単に言えば、笑った瞬間、人の脳は「これは面白い」「もっと知りたい」と反応しやすくなるのです。

だから私は、研修で小さな笑いが起きる瞬間を大切にしています。
それは単なるサービス精神ではありません。
学習のスイッチを入れるための仕掛けでもあるのです。
実際、研修の現場ではこの変化がよく見えます。

最初は腕を組んで少し構えていた人が、笑いが起きたあとに少し前のめりになる。
隣の人と顔を見合わせる。
表情がやわらぐ。
そしてそのあと、質問や発言が出始めることがあります。
これは「空気が良くなった」というだけの話ではありません。
脳の警戒モードが下がり、「考えてもいい」「話してもいい」という状態に変わっているのです。

逆に、緊張と退屈だけが続く研修では、脳は守りに入りやすくなります。
間違えないようにしよう。
目立たないようにしよう。
とりあえず時間が過ぎるのを待とう。
そんな状態では、新しい考え方は入りにくくなります。

だから、笑いは軽さではありません。
むしろ、深い学びに入るための入口なのです。
ただし、ここで誤解してはいけないことがあります。
私は「笑わせればいい」と思っているわけではありません。

大切なのは、笑いのあとに何を入れるかです。
笑いで場がやわらいだ後に、少し声を低くする。
ゆっくり話す。
目線を上げる。
重要な言葉を、静かに置く。
この高低差があるからこそ、言葉は深く入っていきます。

笑いだけでは、浅く終わる。
正しさだけでは、届かない。
でも、笑いと真剣さ、イメージと理論、ストーリーと本質が重なったとき、人は初めて「分かった」ではなく「腑に落ちた」と感じるのです。

そして、腑に落ちたことだけが、現場で思い出されます。
現場で思い出されることだけが、行動を変えます。
では、こうした研修を受けた人は、その後どのように変わっていくのでしょうか。
研修の場で生まれた空気が、その後の行動や職場の雰囲気に、どう影響していくのかを見ていきたいと思います。


コミュニケーション研修|ナレッジリーン

ナレッジリーンは国や地方自治体を顧客として環境分野の調査業務や計画策定、企業の非財務分野に対するマネジメントコンサルティングや人材育成を主業務とするシンクタンク&コンサルティングファームです。

kmri.co.jp

og_img

研修のあと、人はどう変わるのか―心理的安全性が生まれる瞬間―

研修が終わってしばらくしてから、主催者の方にこんなことを言われたことがあります。
「坂田さん、あいつ変わったんですよ。」
その言葉を聞いたとき、私はとてもうれしく思いました。
なぜなら、研修の目的は「その場で満足してもらうこと」ではなく、現場で人の行動が変わることだからです。
研修の時間は、せいぜい数時間です。
けれど、その数時間の中で生まれた気づきが、現場に戻ってからの会話や行動に影響を与えることがあります。

たとえば、ある会社の研修のあとで、こんな話を聞きました。
「うちの若手が、最近よく話すようになったんです。」
それまでは、会議でもあまり発言しなかった社員が、あるとき会議の中でこう言ったそうです。
「これ、ちょっと違和感あるんですけど。」
その言葉に、周囲が少し驚いたといいます。

しかし同時に、「あ、それは大事な視点だね」と会話が続いたそうです。
ほんの一言です。
けれど、その一言が出たことが、その職場では小さな変化でした。

研修の中で私はよく、こんな話をします。
問題というのは、突然起きるように見えて、実はその前に必ず小さなサインを出しています。
小さな違和感。
ちょっとしたズレ。
誰かが「何か変だな」と感じる瞬間。

ところが多くの職場では、その違和感が言葉になる前に消えてしまいます。
「まあいいか」
「自分の気のせいかもしれない」
「こんなこと言ったら変に思われるかな」
そうして違和感は、職場の空気の中に溶けていきます。

私は、研修でよくこう言います。
問題は、起きる前に教えてくれている。
ただし、その声を拾えるかどうかは、職場の空気次第です。
この話をすると、会場では多くの人が静かにうなずきます。
それは、自分の職場でも似たような経験があるからでしょう。

実はここで大切になるのが、最近よく聞く言葉です。
心理的安全性
心理的安全性とは、簡単に言えば
「この場では、意見を言っても大丈夫だ」
と思える状態のことです。

誰かが違和感を口にしても、否定されない。
小さな失敗を話しても、責められない。
そんな空気がある職場では、問題の芽が早く見つかります。
しかし、これは決して「甘い職場」という意味ではありません。
私は若いころ、とても厳しい上司の下で働いていました。
怒鳴られることもありましたし、仕事の緊張感はかなり高かったと思います。

ただ、その経験を振り返ると、今になって分かることがあります。
その上司が背負っていた仕事は、簡単なものではありませんでした。
設備管理の仕事は、常に危険と隣り合わせです。
高所作業、高温設備、機械装置、化学物質。
ひとつ判断を間違えれば、事故につながる可能性があります。
さらに、行政とのやり取りや近隣住民との関係もあります。

つまり、安全だけでなく、会社の信頼そのものを背負っていたのです。
だからこそ、あの上司は厳しかったのだと思います。
ただ、私の人生の中には、もう一人印象に残っている上司がいます。
それは、ISO9001取得のプロジェクトに関わったときの上司でした。
当時、私はプロジェクトメンバーとしてその仕事を任されました。
と言っても、メンバーは実質私一人です。

正直に言えば、私はISOについてそれほど詳しかったわけではありません。
どう進めればいいのかも、完全には分かっていませんでした。
そんなとき、その上司はこう言いました。
「僕もよく分からないから、やってみて。」
その言葉を聞いたとき、私は少し驚きました。
同時に、「やっていいんだ」と思いました。

もちろん、うまくいくことばかりではありませんでした。
失敗もしました。
思った通りに進まないこともありました。
そんなとき、上司は怒ることもありました。
しかし、そのあと必ずこう言うのです。
「それで、どうリカバリーする?」
責めるのではなく、次を考えさせる。
この経験は、私にとってとても大きなものでした。

人は、安心して挑戦できるときに成長します。
そして、失敗を責められないときに学びます。
これが、心理的安全性の本質だと思います。

私は研修の場でも、同じことが起きる瞬間を何度も見てきました。
最初は静かに座っていた人達が、少し笑いが起きて、場がやわらぎ、そして誰かが小さな意見を言う。
すると別の人が続きます。
「あ、それ分かります。」
こうして会話が生まれます。

研修が終わったあとに、「あいつ変わったんですよ」と言われるとき、
多くの場合、その人は特別なスキルを学んだわけではありません。
ただ、ひとつ変わったことがあります。
言葉にしてみようと思ったこと。
それだけです。

しかし職場にとって、その一歩はとても大きな変化です。
違和感を言葉にする人が増える。
小さな問題を共有する人が増える。
そして、改善の会話が生まれる。
こうした変化は、命令では生まれません。
正しい説明だけでも生まれません。
場の空気が変わったときに、初めて起きます。

では、こうした変化を生む研修には、どんな考え方が必要なのでしょうか。
最後の章では、私が大切にしている、研修の哲学についてお話ししたいと思います。

関連記事:“止める”文化を育てる心理的安全性 │ 安全教育の落とし穴
関連記事:違和感の科学 │ 違和感に気づける人が、未来を守るリーダーに

楽しくなければ研修じゃない―人が変わる学びの条件―

ここまで読んでくださった方の中には、もしかするとこんな疑問を持たれた方もいるかもしれません。
「研修で笑いが起きるなんて、少し軽すぎるのではないか。」
企業研修というと、多くの人が思い浮かべるのは、静かな会場で講師の話を聞く光景ではないでしょうか。
受講者は整然と座り、スライドを見ながらメモを取り、講師の説明を真剣に聞く。
それが「研修らしい姿」だと感じている方も少なくないと思います。

もちろん、真面目であることは大切です。
仕事の話をしているのですから、いい加減な雰囲気では困ります。
しかし私は、これまで多くの現場で研修をしてきて、あることを強く感じるようになりました。
それは、
楽しくなければ、人は本気で学ばない
ということです。

ここでいう「楽しい」とは、単に笑わせることではありません。
受講者が夢中になることです。
時間を忘れることです。
「なるほど」「それはうちの現場でもある」と思いながら、自分の仕事を考え始めることです。

人は義務として与えられた学びには、最低限しかエネルギーを使いません。
しかし、自分の興味と結びついた瞬間、人の集中力は驚くほど高まります。
私は研修の場で、その状態を作りたいと思っています。
最初に少し笑いが起きる。
場の空気がやわらぐ。
受講者同士の距離が少し近づく。
そこから、真剣な話に入る。

この流れが生まれると、会場の空気はまったく変わります。
質問が出始める。
隣同士で小さな会話が生まれる。
「それ、うちでもあります」という声が上がる。
研修が「聞く場」から「考える場」に変わる瞬間です。


私はこの瞬間がとても好きです。
なぜなら、そのとき受講者は、単なる参加者ではなく、自分の現場の当事者になっているからです。
そして研修が終わったあと、ときどき担当者からこんな言葉を聞くことがあります。
「研修が楽しいって言ってました。」
「次回も楽しみだと言ってます。」
あるいは、「最近、あいつ変わったんですよ。」
その言葉を聞くと、私はとてもうれしくなります。

なぜなら、研修の本当の価値は、その場の満足度ではなく、その後の会話に残ることだからです。
研修の話題が職場で出る。
「あのときの話だけど」と誰かが言う。
そこから小さな改善の会話が始まる。
その瞬間、研修は単なるイベントではなく、職場の変化のきっかけになります。

ただ正直に申し上げると、私の研修スタイルがあまり合わない会社もあります。
それは、研修の内容というより、組織の空気の問題です。
たとえば、研修を「変化のきっかけ」ではなく、「やったことにする行事」として扱っている会社です。
年間計画に入っているから実施する。
実施記録が残ればよい。
大きな波風は立てたくない。

そうした空気の中では、研修はどうしても無難なものになります。
受講者もまた、「何を持ち帰るか」より「どうやって無難に終えるか」を考えるようになります。
また、笑いや雑談が生まれることに対して、どこか落ち着かない気持ちになる会社もあります。
研修は静かであるべき。
講師は厳かであるべき。
笑いが起きると、どこか軽いと感じてしまう。

しかし実際には、人は緊張だけが続く場では深く学びにくいものです。
間違えないように。
目立たないように。
余計なことを言わないように。
そんな空気の中では、違和感や気づきが言葉になることはほとんどありません。

さらに、本音よりも空気を守ることが優先される会社もあります。
会議では、正しい答えだけが並ぶ。
問題はあるのに、誰も言い出さない。
「ここで言うと面倒だな」と感じてしまう。
こうした文化の中では、研修でどれほど良い話をしても、現場に戻った瞬間に元の空気が勝ってしまいます。

私は、これまで多くの現場を見てきましたが、成果の出る研修には共通点があります。
それは講師の話が上手いことだけではありません。
組織の中に、
「学んだことを試してみよう」
という余地があることです。

逆に成果の出にくい研修にも、共通点があります。
それは組織の空気が、
笑うより正しく見えること
考えるより従うこと
気づくより黙ること
を優先してしまうときです。

もし、このコラムを読みながら、
「もしかすると、うちの会社にも少しそういうところがあるかもしれない」
そう感じた方がいらっしゃるなら、それは決して悪いことではありません。
むしろ、その気づきこそが、変化の第一歩だと思います。
研修の成果は、講師だけでは決まりません。
どんな空気で学びを受け止めるかによって、大きく変わります。

だから私は、研修そのものだけでなく、研修を受ける側の組織の空気に、いつも強い関心を持っています。
もし、このコラムをここまで読んでくださった方が、
「少し変わった研修だな」
「一度体験してみたいな」
そう思ってくださったなら、とてもうれしく思います。

研修は、講師だけで作るものではありません。
参加する人たちと一緒に作るものです。
だから毎回、違う空気が生まれます。
そして毎回、新しい気づきがあります。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
そしていつか、どこかの研修会場でお会いできたらうれしいですね。
現場は、ときどき止まって見えることがあります。
昨日も今日も同じ。
会議をしても、研修をしても、大きくは変わらない。
そんなふうに感じる時期は、どんな会社にもあるのだと思います。

でも実際には、組織は川の流れのようなもので、止まっているように見えても、少しずつ形を変えています。
その流れを変えるのは、大きな制度よりも、案外ひとつの言葉だったり、ひとつの研修だったり、誰かの「それ、ちょっと気になります」という小さな声だったりします。
私は、そんな小さな流れを、前向きな方向へ変える仕事にずっと惹かれてきました。
笑いが起きることもある。
静かに空気が変わることもある。

けれど最後には、何か一つでも現場に残る。
そんな時間を、これからも仲間と一緒につくっていきたいと思っています。
もし、こんな私と一緒に働いてみたいと思ってくださる方がいらっしゃいましたら、ぜひ声をかけてくださいね。
きっと、面白くて、でもちゃんと本質に触れる時間を、ご一緒できると思います。 毎週月曜日に「改善ファシリテーション」をテーマとしたコラムを更新、
火曜日にメールマガジンを配信しております。是非ご登録ください。(ご登録は無料です)


「チームビルディング」のコラム一覧|ナレッジリーン

【現場改善を成果につなげるヒント 】 毎週月曜日にコラム更新、火曜日にメールマガジンで配信。   改善を前に進め、継続的な成果につなげたい方へ(登録無...

kmri.co.jp

og_img

次世代リーダー育成研修|ナレッジリーン

ナレッジリーンは国や地方自治体を顧客として環境分野の調査業務や計画策定、企業の非財務分野に対するマネジメントコンサルティングや人材育成を主業務とするシンクタンク&コンサルティングファームです。

kmri.co.jp

og_img

体験セミナーのお申し込みはこちらから

お気軽にお問い合わせください

坂田 和則さん画像
マネジメントコンサルティング部 部長
坂田 和則

国内外において、企業内外教育、自己啓発、人材活性化、コストダウン改善のサポートを数多く手がける。「その気にさせるきっかけ」を研究しながら改善ファシリテーションの概念を構築し提唱している。 特に課題解決に必要なコミュニケーション、モチベーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、解決行動活性化支援に強く、働く人の喜びを組織の成果につなげるよう活動中。 新5S思考術を用いたコンサルティングやセミナーを行い、企業支援数が190件以上及び年間延べ3,400人を越える人を対象に講演やセミナーの実績を誇る。

お気軽に私たちにご相談ください

 03-6450-1877(受付時間 平日10:00~18:00)
scroll