“止める”文化を育てる心理的安全性 │ 安全教育の落とし穴

「止めろ」が届かない理由
~止められない現場”に潜む心理の壁~
「何かあったら止めろ」
「危ないと思ったら止めろ」
「不安があればすぐ声を出せ」
こうした言葉は、どの企業の安全衛生方針にも掲げられていると思います。
事故防止、ヒヤリハットの撲滅、リスクアセスメントの徹底。
いずれも、組織としては当然の取り組みです。
しかし、現場のリアルといったら・・・・
事故が発生した際に、「あの時、止めればよかった」と語る作業者が、後を絶たないのではないでしょうか?
「自分も危ないとは思ったんですけど……」
「でも、先輩も何も言わなかったし……」
「忙しい時間だったから、空気を壊したくなくて……」
私自身も、このような声を何度も耳にしてきました。
私が、多くの企業で安全セミナーを行う中で実感するのは、「止められない」のは意識や勇気の問題ではないということ。
むしろ、“人間の認知”の特性として、ストップワーク(作業を中断し安全策を講じること)を阻む怖さが、隠れています。
「わかっていたけど止められなかった」は、なぜ起こるのか?
私たち人間の脳は、すべての情報を正確に処理して判断しているわけではありません。
限られた注意力と判断スピードの中で、脳は「過去の経験」や「周囲の空気」からパターン認識をして、自動的に動こうとします。
このときに働いているのが、「認知バイアス」です。
たとえば、
「これくらいなら大丈夫だろう」と異常を正常化してしまう「正常性バイアス」
「他の人も黙ってるから自分も黙っておこう」と思ってしまう「同調バイアス」
「上司が黙認しているから、それに逆らってまで止めなくても…」という「権威バイアス」
これらは、いずれも“悪意”ではなく、“人間として自然な判断”なのです。
むしろ、日常生活では、これらのバイアスによって、効率的な判断ができていることも多いくらいです。
ここで問題なのは、“危険を察知したときにこそ働いてしまう”という点です。
本来であれば、「あれ?」と思った瞬間に止めなければならない。
でも、脳は過去の経験や空気に引きずられ、「まあ大丈夫」と判断してしまう。
これが、ストップワークが機能しなくなる一番の要因なのです。
“教育すれば止められる”という誤解
経営者や管理職の方と話していると、よくこんな悩みを耳にします。
「うちは安全教育をしっかりやっているのに、なぜ現場で止められないのか」
「何度も言ってるのに、“言ったことを守らない”のは意識が低いからではないか」
だが、それは本当に“意識”や“教育内容”の問題なのでしょうか?
私は、そこに認知の原理原則を踏まえた「教育訓練設計」の有無が、大きく関係していると考えています。
いくら「危険を察知したら止めろ」と教えても、バイアスの存在に気づけなければ、判断が狂ってしまいます。
バイアスの存在を理解させなければ、それは「マニュアルの暗記」にとどまり、現場のリアルな判断力には結びつきません。
だから私は、ストップワーク教育において最初に伝えるのは、「なぜ人は止められないのか?」から始めます。
これを知らないまま、「止めるべき」とだけ言い続けても、現場の誰かが“自分を責める”か、“空気に従う”だけになってしまいます。
そして、それは再びヒヤリハット・事故につながってしまいます。
“止められる職場”には、学び方からの変革が必要
「止められないのは、本人の責任ではない」
そう捉え直すところから、安全文化の醸成は始まります。
そのためには、教育や訓練のあり方を変える必要があるのです。
言葉で伝えるだけではなく、自分自身の思考のクセに“気づく”仕掛けを実体験から理解させるべきです。
たとえば
・バイアスを自己診断するチェックワーク
・物語を使った擬似体験で、判断のズレを見つけるゲーム
・チームで「自分ならどうするか?」を考え合うディスカッション
こうした体験を通してこそ、現場のメンバーは初めて、
「これ、自分にもあるかも…」
「次からは、もう少し注意してみよう」
という前向きな“気づき”と行動意欲を、手にすることができるのです。
「止めろ」が届かないのは、届くように設計されていないから
現場で「止めろ」が届かないのは、その言葉が悪いのでありません。
むしろ、届くように“設計”されていないだけなのです。
人間の脳と心の仕組みに基づいて、“言葉”を“気づき”へ、“知識”を“判断力”へと変える教育。
それこそが、これからのストップワーク教育には求められています。
続いて、ストップワークを阻む6つの主要なバイアスについて、その具体例とともに詳しく掘り下げてきましょう。
「止められなかった理由」は、認知バイアスの中にあります。
ストップワークを妨げる6つの“見えない壁”
みなさんの職場では、こんな声を聞いたことはありませんか?
「気づいてたんですけど、止められなかったんですよね」
「何か変だとは思ったけど、空気を壊したくなくて……」
私は多くの現場で、事故やヒヤリハットのあとに、こうした言葉を耳にしてきました。
そして思うのです。
「なぜ止められなかったのか?」
この問いの答えは、意識の低さや勇気の欠如ではありません。
実はそこには、“認知バイアス”という人間の脳の働きが、深く関係しているのです。
バイアスとは「脳の自動運転」
私たち人間の脳は、毎秒(ミリ秒単位)のように、膨大な情報を処理しています。
しかし、そのすべてを、丁寧に考えて判断しているわけではありません。
脳はエネルギーを節約するために、「過去の経験」や「周囲の空気」に頼って、ある程度“自動的に”判断を下しているのです。
このときに生じる偏りや思い込みが、認知バイアスと呼ばれるものです。
一見、便利な機能のように思えますが、これが現場では“止める判断”の妨げとなってしまうことがあります。
ここからは、現場で特によく見られる6つの代表的なバイアスについてご紹介していきます。
「これ、うちの職場でもあるな」
「自分にも思い当たるかも」
そんなふうに感じていただけたら、それが最初の気づきになります。
1.正常性バイアス
「これは“普通”の範囲だろう」
異常を“異常”として捉えることは、意外と難しいものです。
たとえば、機械から少し音が出ている、煙がうっすら立っている、表示が普段よりも少し遅れている……。
こういった“ほんの少しの違和感”を、「まあ、こんなもんだろう」「いつも通り」と見過ごしてしまう。これが、正常性バイアスです。
繰り返し同じ環境で働いていると、小さな変化に慣れてしまい、危険への感度が鈍っていくんですね。
2.同調バイアス
「周りも何も言ってないから、自分も言わないでおこう」
現場では、ときに“空気”がすべてを支配します。
たとえ内心で「ちょっと変だな」と思っていても、周りの先輩や上司が黙っていると、自分も声を出しづらくなる。
このように、多数派の沈黙に合わせて、自分の判断を引っ込めてしまうのが、同調バイアスです。
「KY活動では言えるのに、現場になると黙ってしまう」
これも、このバイアスが背景にあることが多いのです。
3.権威バイアス
「上司が言ってるから、従うしかないと思った」
権威や立場のある人の言葉は、重みがありますよね。
それは、職場において必要なことでもありますが、ときにそれが“自分の考えを止めてしまう原因”にもなり得ます。
たとえば、班長が「続けよう」と言った。
課長が「大丈夫だ」と言っていた。
そんな場面では、「自分が違うことを言ってはいけない」と思い込んでしまうんですね。
このバイアスは、特に年功序列の強い職場や、縦の関係が厳しい現場で起こりやすいです。
4.楽観バイアス
「自分だけは大丈夫」
このバイアスは、「根拠のない自信」のような形で現れます。
「今まで事故が起きたことがないから、大丈夫だろう」
「他の人はともかく、自分はやれる」
こういった考えは、前向きなようでいて、危険を軽視する原因になります。
特に、慣れた作業や時間に追われているときに、発生しやすいバイアスです。
5.確証バイアス
「自分の考えに合う情報しか見なくなる」
これは、最初に「やる」と決めてしまった判断を、あとから都合のいい情報だけで正当化してしまうバイアスです。
「急ぎの仕事だから、このまま進めたほうがいい」と考えると、「大丈夫そうな根拠」ばかりを集めて、「やめたほうがいい理由」には目が向かなくなる。
ある意味、情報の取捨選択が偏ることで、リスクを正しく評価できなくなる状態です。
6.経験則バイアス
「前もこうだったから、今回も大丈夫」
過去の成功体験は、自信を持つ上で大事です。
でも、それが「いつもこうしてきたから」で判断してしまうと、状況が少し変わったときに危険を見逃してしまうんですね。
たとえば、「この工程は10年間トラブルがない」と言って、異常に気づいた若手の声を軽視してしまう。
これは、経験のある人ほど、気をつけたいバイアスです。
気づくことが、第一歩です
これら6つのバイアス、いかがでしょうか?
「これ、あるかもしれないな……」と感じていただけたら、それが最初の気づきです。
私のセミナーでは、こうしたバイアスを“自己チェック”していただくようにしています。
それぞれのバイアスに対して、「これは自分によくあるな」と思えば、5点
「ほとんどないな」と思えば、1点
そうやって、自分自身の“クセ”に気づいていくんです。
すると、「これ、自分もやってるかも」「このバイアスがあると、止められなくなるんだな」と自然と行動とのつながりを感じるようになってきます。
また、点数をつけた情報全てを預けていただくことで、その人の「思考のクセ」や「チームの行動パターン」など分析し、報告させていただくことも可能です。
“誰かのせい”にしないために
バイアスの厄介なところは、「悪意がないのに起きる」ということです。
現場で起こる判断ミスやストップワークの失敗は、決して意識が低いからでも、注意力が足りないからでもありません。
大切なのは、こうした“人間のクセ”に気づく場をつくること。
そして、それを共有できる職場の雰囲気をつくることです。
ここからは、実際にこのバイアスに気づき、チームで考え、対話していくための「物語型ワーク」について、ご紹介していきます。
物語の中に出てくる人物や会話を通じて、自分の職場や自分自身を振り返る・・・
そんな“疑似体験”の力を、ぜひ感じていただきたいと思います。
物語で気づく、行動が変わる
バイアスを発見する「インバスケット型クイズ」の力
バイアスの原理や種類について学ぶと、「そうか、自分にもそういう傾向があるかもしれないな」と、受講者の中に気づきの芽が出始めます。
でも、そこから先が大切なんです。
その“気づき”を、どうやって現場の判断や行動に結びつけるか?
ここからが、セミナーの本番とも言えます。
私はこのタイミングで、「インバスケット型・物語クイズ」を取り入れるようにしています。
物語の中で、判断を“体験”する
簡単に言うと、ある架空の現場を舞台にしたストーリーをチームで読みながら、「この中に、どんなバイアスが潜んでいるか?」を探し出してもらうワークです。
たとえば、こんな物語を用意します。
▽ストーリーの一部(例)
班長の田中さんは、午後の作業スケジュールが押していることに焦りを感じていた。
若手の佐藤くんが「部品が少し歪んでいる気がする」と言ったが、田中さんは「時間ないから、とりあえず進めてみよう」と返した。
他の作業員たちはそれを聞いていたが、誰も何も言わなかった。
こうした短い物語を、2〜3ページ程度にわたって読み進めていきます。
登場人物たちの会話や判断の中に、同調バイアス・正常性バイアス・権威バイアス・確証バイアスなどが、巧妙に隠されているのです。
また物語も、ストーリーテリング技法や、その他心理学や行動科学などの理論を盛り込みながら、脳内でリアル体験ができる物語を書き上げます。
「いくつバイアスが潜んでいるか?」をチームで討論
受講者の皆さんには、チームに分かれてもらい、こう問いかけます。
「このストーリーの中に、いくつバイアスが出てきましたか?」
「どこに、どんなバイアスが隠れていたと思いますか?」
この問いを投げかけると、会場が一気に活気づいてきます。
ホワイトボードに書き出す人、メモを取りながら話す人
「これは同調バイアスじゃない?」
「いや、楽観もあるでしょ」
と、まるで推理ゲームのような熱量で議論が始まるのです。
“自分たちの職場でもあるよね”という共鳴
不思議なもので、物語を読んでいるうちに、
「あれ?これ、うちの現場と似てるかも」
「この班長、ちょっと◯◯課長に似てない?」
と、自分たちの職場に置き換える声が、自然と出てくるようになります。
すると、バイアスという抽象的な概念が、身近な実感として“自分ごと”になっていくのです。
「もし自分がこの場にいたら、止められたかな」
「いや、たぶん自分も黙ってたかも……」
そんな内省が、じわじわと参加者の中に広がっていきます。
擬似体験が、思考と対話を引き出す
この物語ワークの良さは、ただ「考える」だけでなく、チームで“対話する”時間があることです。
バイアスの存在に気づくだけでなく、
「どう声をかけたら止められただろう?」
「どういう言い方なら、班長も受け止めてくれたかな?」
といった“伝え方”や“空気の作り方”まで話が及んでいきます。
つまり、
思考力(バイアスに気づく)
対話力(止める技術を考える)
関係構築力(心理的安全性のある職場をつくる)
行動力(実際に声をかける勇気)
こうしたストップワークに必要な4つの力が、自然と引き出されていくのです。
受講者の声が、すべてを物語っている
このワークを終えたあとの感想で、よくこんな言葉をいただきます。
「止めにくさの正体がバイアスだとわかって、スッキリしました」
「ゲーム感覚で楽しく考えるうちに、本質的な気づきが得られました」
「声がけ一つで、あんなに心理的影響があるなんて驚きました」
「明日から、後輩への伝え方を変えてみようと思います」
何よりうれしいのは、“やらされ感のない、自発的な気づきと行動意欲”が育っていることです。
その表情には、どこかスッキリとした、自信と前向きさが感じられます。
“体験”は、どんな言葉よりも強い教師になる
私たちが目指すのは、「止めろ」と言われたから止める人、ではありません。
“自分で考え、必要なら止められる人”を育てることです。
そのためには、やはり頭ではなく“体”で学ぶ場が必要です。
物語を読み、登場人物の立場に立って考え、仲間と語り合う。
そんな体験こそが、現場の判断力を鍛える一番の教材になるのです。
続いては、こうした学びがチーム全体にどう波及し、「止められる職場文化」や「心理的安全性」にどう繋がっていくかについて、考えてみたいと思います。
「止められる職場」は、心理的安全性から生まれる
対話と関係性が、判断と行動を支える
バイアスに気づき、ストーリーの中で、止める判断を疑似体験する。
そのあと、参加者の表情がぐっと柔らかくなっていくのを、私は何度も見てきました。
けれど、ここでもう一つ、大切な問いが出てきます。
「自分一人が気づいても、現場で本当に声を出せるのだろうか?」
これに対する答えは、決して「はい」だけではありません。
なぜなら、現場での判断や発言は、個人の力だけでは成り立たないからです。
現場には“空気”があります。
その空気が、安全な判断を後押しもすれば、押しとどめもする。
そして、その空気の正体こそが、「心理的安全性」なのです。
心理的安全性とは「言っても大丈夫」と思える空気
皆さんは、「心理的安全性」という言葉を、耳にしたことがありますか?
これは、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念です。
職場において「自分の意見を出しても、否定されたり、責められたりしない」と感じられる状態のことを指します。
(彼女の本は、とても身近なことを例に科学を語ってくれるので、私は大好きです。)
簡単に言えば、「言っても大丈夫」「間違っても大丈夫」と思える安心感です。
この感覚があるチームでは、
・気づいたことをすぐに共有できる
・「止めよう」と言っても嫌な顔をされない
・役職や年齢に関係なく、建設的に話し合える
そんな雰囲気が生まれます。
逆に、心理的安全性が低い職場では、
・「これを言ったら、怒られるんじゃないか」
・「空気を読まないやつだと思われそう」
・「余計なこと言って面倒事に首を突っ込みたくない」
このような“自己防衛”が働き、結果として、沈黙が支配する現場になってしまいます。
“止める技術”の前に、“止められる空気”を育てる
私たちが、ストップワークを定着させたいと願うなら、止めるための技術を教える前に、止められる関係性・環境を育てる必要があります。
どれだけバイアスに気づけても、どれだけ判断力があっても、職場に「言いにくい」「聞いてもらえない」空気があるなら、声は出せません。
ですから私は、セミナーの後半で、こう問いかけることがあります。
「あなたの職場で、“止めても大丈夫”と思える空気、ありますか?」
一瞬、場が静かになります。
でも、そのあと、ポツリと誰かが答えるのです。
「……たぶん、今はないです」
「止めるって、やっぱり勇気がいりますよね」
それでいいのです。
大事なことは、まずその“空気”に目を向けること。
そこから、対話の文化づくりが始まります。
心理的安全性を育てる“声がけ”の力
では、心理的安全性のある職場とは、特別な制度や仕組みが必要なのでしょうか?
実は、そうではありません。
きっかけは、たったひと言の“声がけ”から始まります。
たとえば
「気になったことがあったら、遠慮なく言ってね」
「ありがとう、さっき止めてくれて助かったよ」
「自分も迷ってたところだった。言ってくれてありがたい」
こうした言葉があるだけで、チームの空気は変わっていきます。
それは、“声を出す側の心理的ハードル”を少しずつ下げていく、関係構築の栄養のようなものです。
そして、こうした言葉をかける役割を担うのが、まさにリーダーなのです。
リーダーが「止められる文化」の起点になる
現場で心理的安全性を育てるのは、管理職や班長といった中間層のリーダーたちです。
「止めることは迷惑じゃない。むしろ、チームの未来を守る行動だ」
そんな価値観を、言葉と行動で示していくことが求められています。
たとえば、会議の冒頭であえて失敗談を話す。
後輩の発言に「それ、大事な視点だね」と反応する。
止めた人を評価する文化を明確に打ち出す。
これらはすべて、「声を出していいんだよ」というメッセージです。
チーム全体で育てる「止められる風土」
もちろん、心理的安全性は、一朝一夕には生まれません。
でも、少しずつでも「言える雰囲気」「聞ける空気」「受け止める姿勢」が広がっていけば、それはやがて「止められる職場」へと育っていきます。
そして何より、そこには事故を未然に防げる力が宿ります。
“ストップワークができる”というのは、単に一人ひとりが勇気を出せる、という話ではなく「チーム全体の関係性の質の話」でもあるのです。
私のセミナーでは、バイアスに対抗するためには、心理的安全性を確保し、労働安全衛生文化の柱にすることが大切と、おはなししています。
すると、自分自身の判断のクセに気づき、他者と対話し、職場の空気のあり方に目を向けはじめます。
そして、最後に必要なのは、この気づきを“行動”に変えるための仕上げです。
続いては、セミナーを通じて参加者自身が決める、「行動宣言」についてご紹介します。
それは、“止める勇気”を持つための、自分自身へのコミットメントです。
行動に変える
~「自分の宣言」が職場を変える~
気づきのその先に、行動と文化が生まれる
セミナーの終盤、私は必ずこう伝えます。
「ここで学んだことを、明日からの行動にどうつなげますか?」
この問いかけに、最初は少し戸惑う方もいらっしゃいます。
でも、私は焦らず、ゆっくりと言葉を続けます。
「完璧じゃなくていいんです。小さなことでもいい。あなた自身が“これならやってみたい”と思える行動を、一つ考えてみてください。」
これは、いわゆる「行動宣言ワーク」です。
気づいたことを「言葉」にすることで、学びは形になります。
人は、頭の中で「わかったつもり」になっていても、いざ行動となると、なかなか動けないものです。
でも、言葉にして“自分に約束する”ことで、行動のハードルは一気に下がります。
たとえば、こんな宣言が出てきます。
「まずは、後輩の不安な表情に気づいたら、声をかけるようにします」
「来週のKYミーティングで、“空気を読まないことも大事”だと話してみます」
「“止めてもらったら感謝を伝える”を意識してみます」
「自分の判断が偏ってないか、朝の段取りで1回振り返ってみます」
どれも大げさなことではありません。
でも、どれも確かに“現場での行動”を変える一歩になります。
“自分で決めた”行動は、前向きに続けられる
この「行動宣言」の効果には、しっかりとした心理学的な裏付けがあります。
たとえば、自己決定理論では、 人は「自分で選んだ行動」に対して、より高いモチベーションと持続力を発揮すると言われています。
つまり、上司に言われた行動よりも、「自分で決めた行動」の方が継続しやすいのです。
また、自己効力感の理論によれば、小さな成功体験が、「自分にもできるかもしれない」という感覚を生み出し、次の行動への自信と意欲を育てるとされています。
行動宣言は、まさにこの“小さな一歩”を自分で設計する仕組みなのです。
誰かに聞いてもらうと、さらに一歩進む
このワークをより効果的にするのが、“共有”の時間です。
私はときどき、参加者にこうお願いすることがあります。
「よろしければ、近くの方と、今日の行動宣言をシェアしてみてください」
「“私はこんなことをやってみようと思います”と、ひとこと伝えてみましょう」
すると、会場の空気がまた少し変わります。
互いにうなずいたり、拍手が起きたり、「いいですね!」と声がかかったり──
それまで、“ひとりの学び”だったものが、“仲間とつながる行動”へと昇華していくのです。
あるときは、参加者の一人がこんなことを言いました。
「今日ここで決めた行動、明日の朝、職場で言ってみます。でも、言うの怖かったら、LINEで送ります(笑)」
会場が笑いに包まれながら、その場の誰もが「自分もできることから始めてみよう」と思えた瞬間でした。
“学びっぱなし”を終わらせる儀式
行動宣言は、ただの締めくくりではありません。
むしろ私は、これを“学びを行動に変えるための儀式”だと考えています。
セミナーや研修で得た知識や気づきも、日常に戻れば、すぐに忘れてしまうことがあります。
でも、行動宣言をしておけば、少なくとも自分の中に“記憶と意志”が残るのです。
そして何より、行動宣言には責任ではなく、希望が込められています。
「自分にもできることがある」
「小さな行動が、職場を変えるかもしれない」
そんな前向きな一歩を、自分自身に贈る時間なのです。
「止める力」は、“止めようとする人”を支える文化から
ここまでのセミナーを通して、参加者たちは次のようなステップを経験しています。
1. 緊張を解くアイスブレイクで、安心して学ぶ空気をつくる
2. バイアスの原理原則を理解し、自分の思考のクセに気づく
3. 物語ワークを通して、実際の判断や声かけの難しさを体験する
4. 心理的安全性の重要性に気づき、チームの空気づくりを考える
5. 自分で行動を決め、それを言葉にすることで“やってみよう”と思えるようになる
この一連の流れの中で育っているのは、「止める力」ではなく、「止められる関係性と文化」なのだと思います。
こうして、受講者一人ひとりが自分の行動を宣言したとき、セミナー会場には静かであたたかな空気が流れます。
それはまるで、“職場を変えていこうとする人たちの小さな決意”が集まったような空気です。
このセミナーを通じて私が伝えたいことは、
「止めろ」が届かない現場をどう変えていくのか、そして、リーダーとしてその変化にどう関わっていくべきかを伝えたいのです。
止める人から、「止められる職場」をつくる人へ
その一歩を、共に踏み出しませんか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そして、もし今あなたが「うちの現場でも、似たようなことが起きているかもしれない」と感じていたら、その直感は、きっと間違っていません。
「止めろ」と何度言っても、止められない現場。
「分かっているのに、声が出ない」
「学ばせたはずなのに、行動に結びつかない」
そうしたお悩みは、今や多くの企業で共通しています。
特に中堅・中小企業では、少ない人数で多くを回さなければならず、現場の安全と生産性のバランスに、日々悩まれているのではないでしょうか。
だからこそ、私はお伝えしたいのです。
「止められない現場」を責めるのではなく、止められる“空気”を、仕組みとして育てていく方法があるのだと。
「意識改革」ではなく、「認知設計」の時代へ
昔から、安全教育ではよく「意識を高めよう」「気をつけよう」と言われてきました。
もちろん、それも大切な考え方です。
ですが、私たちが相手にしているのは“人間の脳”です。
しかも、ストレスや慣れ、時間に追われた中で働く脳です。
そこには、「わかっていてもできない」「気づいていたけど止められなかった」という、人間として自然な反応が存在しています。
それを無理に押さえつけたり、「もっと意識を持て」と言っても、人は防衛本能で“聞き流す”ようになってしまいます。
だからこそ、私はセミナーの中で、脳科学・心理学・行動科学の観点から、「なぜ人は止められないのか?」という原理原則をお伝えしています。
そこに気づいてもらった上で、行動に落とし込む仕組みをご提案しています。
体験して、気づいて、行動に変わる
~設計された流れがあります~
私がご提供しているストップワークセミナーでは、次のような流れを大切にしています。
1. アイスブレイクで安心感を醸成し、学ぶモードを整えます
2. バイアスの原理原則を学び、自分の思考のクセを自覚していただきます
3. ストーリーワークで「止める・止めない」の葛藤を疑似体験してもらいます
4. チームで話し合い、心理的安全性の必要性を体感していただきます
5. 最後に自分自身の「行動宣言」を通して、学びを行動につなげます
このプロセスは、単なる知識の提供ではありません。
“腑に落ちて、やってみたくなる”ように設計された体験型学習です。
そして、この流れにのった受講者の表情が変わる瞬間を、私は何度も見てきました。
ご導入いただいた企業さまからは、こんな声が届いています。
「現場で“これってバイアスかも”という言葉が飛び交うようになった」
「ヒヤリハット報告書の質が上がった。感情や空気に関する記述が増えた」
「後輩への声かけが増え、止めたことへの感謝を伝える文化が少しずつ根づいてきた」
「止めにくさの正体が“人間のクセ”だとわかって、チームで話しやすくなった」
私はこのような変化を、「リーダーが止める人になる」のではなく、「チーム全体が“止められる場”をつくれるようになってきた証」だと感じています。
「うちでもできそう」と思っていただけたら
おそらくここまでお読みいただいたということは、このやり方に、どこかピンと来てくださったのではないでしょうか。
「これなら、うちでもできるかもしれない」
「まずは幹部研修だけでもやってみようかな」
「現場の班長たちに、体験してもらいたいな」
もし、そんなふうに思っていただけたら、その直感は、ぜひ大切にしていただきたいのです。
安全は、数字で見ると「ゼロを目指すもの」かもしれません。
でも、人の行動から見ると、“安心して声を出せる関係”が積み上がった結果なのです。
まずは、お気軽にお問い合わせください
私は、全国さまざまな企業でセミナーや研修を行っておりますが、一社一社の課題や空気感に合わせて、内容を柔軟にカスタマイズしています。
「事故は減ってきてるけど、止める文化が根づかない」
「研修をやっても、どこか他人ごとになってしまう」
「安全教育に“気づき”の要素を取り入れたい」
そんなお悩みをお持ちでしたら、まずは一度ご相談いただけませんか?
ご希望があれば、実際の教材の一部や、体験ワークのデモもご紹介できます。
安全衛生事務局の方との打ち合わせや、役員向けプレゼンテーションにも対応しております。
“止めろ”が自然に届く職場を、共につくりましょう
安全とは、命を守る最後の砦です。
その重みは、誰よりも現場を見てきた皆さまがよく知っておられることでしょう。
私は、その砦を「言葉」だけで守るのではなく、“考え方”と“関係性”から育てるお手伝いができればと願っています。
“止める人”を育てるのではなく、“止められる空気”をデザインする
その第一歩を、ぜひご一緒できたら幸いです。
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国内外において、企業内外教育、自己啓発、人材活性化、コストダウン改善のサポートを数多く手がける。「その気にさせるきっかけ」を研究しながら改善ファシリテーションの概念を構築し提唱している。 特に課題解決に必要なコミュニケーション、モチベーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、解決行動活性化支援に強く、働く人の喜びを組織の成果につなげるよう活動中。 新5S思考術を用いたコンサルティングやセミナーを行い、企業支援数が190件以上及び年間延べ3,400人を越える人を対象に講演やセミナーの実績を誇る。
