丁寧な説明が逆効果になる理由 |「学びの入口」を設計する技術
“わかりやすく説明する人”は、何を見ているのか
部下に説明しているのに、どうも伝わっていない気がする。
研修で一生懸命話しているのに、受講者の表情が少しずつ固まっていく。
教育資料を作り込んだはずなのに、「結局、何をすればいいのですか?」と言われてしまう。
人財育成や教育に関わっていると、こんな場面に出会うことがあります。
その時、多くの人が、親切心からこう言います。「わかりやすく言うと……」。
もちろん、悪気はありません。
むしろ、相手に伝わってほしいからこそ出てくる言葉です。相手が困っている。理解しようとしている。
だから、もう少し簡単に、もう少し丁寧に、もう少し身近な表現で伝えようとする。
その気持ちは、とても大切です。
ところが、不思議なことに、「わかりやすく言うと」と言った後に、かえって相手の表情が曇ることがあります。
こちらは一生懸命説明している。相手も一生懸命聞いている。どちらも手を抜いていない。
それなのに、なぜか伝わらない。
こちらは説明を増やし、相手はさらに黙り込む。
気がつくと、説明する側と理解しようとする側のあいだに、見えない壁のようなものができている。その壁は、説明を重ねるほど厚く、高くなっていくように感じるのです。
私は、この現象を「説明力が足りない」「相手の理解力が低い」という単純な話で片づけたくありません。
なぜなら、現場では多くの場合、どちらも真剣だからです。
教える側も一生懸命。聞く側も一生懸命。それでも伝わらない。
だからこそ、ここには人間の理解の仕組み、学習の仕組み、そして関係性の仕組みが隠れているのだと思います。

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なぜ「わかりやすく言うと」が、相手を迷子にするのか
わかりやすく説明するというと、多くの人は「難しい言葉をやさしい言葉に置き換えること」だと考えます。
専門用語を減らす。カタカナを減らす。漢字を減らす。長い説明を短くする。
もちろん、それは大切です。
私も、説明する時にはできるだけ難しい言葉を使いすぎないように意識しています。
ただし、それだけでは足りません。
なぜなら、相手がつまずいている場所は、言葉の難しさとは限らないからです。
そもそも全体像が見えていないのかもしれません。
目的がわかっていないのかもしれません。
今聞いている話が、自分の仕事のどこにつながるのか見えていないのかもしれません。
あるいは、話の前提となる経験が足りないのかもしれません。
たとえば、「この問題は、原因を構造的に見ていく必要があります」と言ったとします。
説明している側は、かなりわかりやすく言ったつもりです。
でも、聞いている側は、「構造的って何?」「原因を見るって、どこを見るの?」「自分の仕事で言うと、何をすればいいの?」となっているかもしれません。
つまり、言葉をやさしくしただけでは、相手の頭の中に理解の足場ができないことがあるのです。
科学的に見ると、人は新しい情報をそのまま頭に入れているわけではありません。
すでに持っている知識や経験と結びつけながら理解しています。
相手の中に置き場所がない情報は、どれだけ正しくても浮いてしまいます。
聞こえてはいる。でも、つながらない。メモは取っている。でも、腹に落ちない。
これが、説明しているのに伝わらない時の正体のひとつです。
だから、わかりやすい説明とは、言葉を簡単にすることではありません。
相手の経験の中に、理解の置き場所を一緒に探すことです。
これがないまま「わかりやすく言うと」と言ってしまうと、説明する側はさらに親切に話しているつもりでも、聞く側は「いや、そこではなく、もっと手前で迷っています」と感じることがあります。
説明が増えるほど、理解が遠ざかることがある
部下の育成に苦労している人ほど、まじめです。
もっと丁寧に説明しよう。もっと資料を作ろう。もっと手順を細かくしよう。もっと例を増やそう。
そう考えます。
人財開発や教育部門の方も同じです。
どうすれば受講者に伝わるのか。どうすれば現場で使ってもらえるのか。
そのために、資料を整え、カリキュラムを組み、ワークを入れ、時間配分を考えます。
ところが、ここに落とし穴があります。
説明を増やせば、理解が増えるとは限らないのです。
人の頭の中には、一度に処理できる量に限りがあります。
話が増える。補足が増える。事例が増える。背景が増える。
すると、聞く側は「わかる材料」が増えたはずなのに、逆に何を大切にすればよいのかわからなくなります。
これは、現場でもよく起きます。
上司が部下に対して、親切に一から十まで説明する。
部下はうなずいている。でも、動き出せない。
上司は「ここまで説明したのに、なぜ動けないのか」と感じる。
部下は「ここまで説明してもらったのに、なぜ自分は理解できないのか」と感じる。
お互いに、少しずつ苦しくなります。
ここで大切なのは、情報量ではありません。
大切なのは、情報の順番とまとまりです。
まず何を押さえるのか。
次に何を見るのか。
どこまでが全体像で、どこからが具体例なのか。
今は何の話をしているのか。
これが見えていないと、相手は説明の森の中で迷子になります。
だから私は、説明する時に「集中と分散」を意識しています。
まず、一気にポイントを絞る。
「ここが大事です」「今日、まず押さえてほしいのはここです」「この話の中心は、ここにあります」と、相手の注意を一点に集める。
その後で、事例や相手の業務、過去の経験に広げる。
そして、もう一度ポイントに戻る。
集中して、分散して、また集中する。
このリズムが大切なのです。
社会人の学びは、教科書順には進まない
社会人の学びは、学生時代の学びとは少し違います。
もちろん、知識を学ぶことは大切です。理論を知ることも、手法を覚えることも大切です。
しかし、社会人にとって本当に重要なのは、「それが自分の仕事のどこにつながるのか」が見えることです。
たとえば、問題解決技法を学ぶ時も、単に手法の名称を覚えただけでは現場では使えません。
なぜなぜ分析、特性要因図、パレート図、チェックシート。
名前を覚えた。手順も聞いた。
でも、現場で「何を見ればよいのか」「どこから考えればよいのか」「誰と確認すればよいのか」がわからなければ、行動にはつながりません。
社会人の学びは、知識のインストールではなく、経験との接続です。
聞いたことを、自分の仕事に置き換える。
自分の経験とつなげる。
現場で使うならどうするかを考える。
やってみて、また振り返る。この循環が必要です。
だから、説明する側は「教える人」である前に、「つなぐ人」である必要があります。
知識と経験をつなぐ。理論と現場をつなぐ。相手の過去の経験と、これからの行動をつなぐ。
ここができると、相手は「あ、これは自分の仕事の話だ」と感じ始めます。
この瞬間に、学びは他人事から自分事に変わります。

「わかりましたか?」より、「どう思います?」
説明の途中で、私はよく問いを入れます。
「どう思います?」「現場で見ると、どこが近いですかね?」「やるとしたら、どうやって見ますか?」。これは、相手を試しているわけではありません。
相手の理解の現在地を、一緒に確認しているのです。
「わかりましたか?」と聞くと、多くの人は「はい」と言います。
特に職場では、そうなりやすいです。
上司に気を使う。講師に気を使う。他の受講者に気を使う。場の空気を壊したくない。
だから、「はい」と言う。
でも、その「はい」は、本当に腹落ちした「はい」とは限りません。
一方で、「どう思います?」と聞くと、相手は自分の頭の中を一度見にいく必要があります。
「自分は今、何を感じたのか」「どこが引っかかったのか」「自分の仕事に置き換えると、どこに近いのか」。
この瞬間、相手は受け身の聞き手から、考える当事者に戻ります。
さらに、「やるとしたら、どうやって見ますか?」という問いは、知識を行動に近づけます。
わかったかどうかではなく、現場で使うならどうするのか。
どこを見るのか。誰に聞くのか。何を記録するのか。どの順番で確認するのか。
ここまで考え始めると、学びは単なる理解から実践の準備に変わります。
この問いは、部下育成でも非常に有効です。
上司が正解を全部言うのではなく、部下に考える余白を渡す。
教育担当者が一方的に教えるのではなく、受講者が自分の業務に置き換える時間を作る。
これにより、学びはその人の中で動き始めます。
相手の表情、頷き、声のトーンは「答え」ではなく「仮説」
説明している時、私は相手の表情、頷き、目線、声のトーン、間の取り方を見ています。
頷いているけれど、少し表情が固い。
返事は早いけれど、声のトーンが落ちている。
目は合っているけれど、どこか遠くを見ている。
そういう小さな変化を見ながら、「今、どこかで迷ったかな」「この例えは近くなかったかな」「ここはもう少し手前に戻った方がいいかな」と考えます。
ただし、ここで注意したいことがあります。
非言語情報を見て、すぐに決めつけてはいけません。
頷いているから理解しているとは限りません。
目をそらしたから興味がないとも限りません。
声が小さいから自信がないとも限りません。
人には、その人なりの聞き方、考え方、反応の出し方があります。
だから、観察は診断ではありません。
観察は仮説です。「もしかしたら、ここで引っかかっているかもしれない」「もしかしたら、全体像が見えにくいのかもしれない」。
そう仮説を立てたら、問いで確認するのです。
「今の話、どのあたりが使えそうですか?」
「逆に、やりにくそうなところはあります?」
「ここは全体像から戻った方がよさそうですかね?」。
こうすると、相手も答えやすくなります。
説明が上手い人は、相手の表情を見ているだけではありません。
相手の表情から仮説を立て、その仮説を問いで確認し、説明をその場で調整しています。
つまり、説明とは完成した原稿を読み上げることではなく、相手の反応を見ながら、その場で一緒に理解を組み立てる行為なのです。
おやじギャグにも、ちゃんと役割がある
私は、説明の途中でおやじギャグを入れることがあります。
これは、ただ笑わせたいだけではありません。
いや、正直に言うと、少しは笑ってほしいです。
滑った時は、こちらの心が静かに労災案件になります。
でも、笑いには役割があります。
研修や育成の場では、聞き手は意外と緊張しています。
「ちゃんと理解しなければ」「変なことを言ってはいけない」「自分だけわかっていなかったらどうしよう」。
そういう心理が働くと、人は質問しにくくなります。
考える余裕も小さくなります。
場の空気が固くなると、学びは動きにくくなります。
そこで、少し笑いが入る。場がゆるむ。表情が動く。呼吸が少し深くなる。
そうすると、相手はまた考えやすくなります。
もちろん、笑いが本筋から外れすぎると逆効果です。
ギャグだけが残って、肝心の内容が消えてしまったら意味がありません。
だから大切なのは、笑いでゆるめたあと、必ずポイントに戻ることです。
集中する。事例で広げる。笑いで少しゆるめる。そして、またポイントに戻る。
この流れがあるから、おやじギャグも研修の中で生きてくるのです。
もっとも、ギャグの精度については、日々改善活動が必要です。
ここもPDCAです。
Pは「ポンコツ」、Dは「出してみる」、Cは「沈黙を確認する」、Aは「明日も懲りずにやる」。
このあたりで、すでに危険水域でハザードになってしまうかもですが・・・・・。
リスク評価は、しっかりやりましょうね。
大事なことほど、声を低く、ゆっくり話す
特に大切なポイントを話す時、私は少し話し方を変えます。
声を少し低くする。動作をゆっくりにする。相手の目を見る。間を取る。
これは、威圧するためではありません。
「ここは一緒に大事に扱いましょう」という合図です。
人は、言葉だけで理解しているわけではありません。
声のトーン、表情、姿勢、視線、間。
こうした非言語情報からも、「これは大事な話だ」「ここは安心して考えていい場だ」「この人は本気で伝えようとしている」と受け取っています。
ただし、これもやりすぎると逆効果です。
低い声が強すぎると圧になります。
目を見すぎると緊張します。
ゆっくり話しすぎると、相手によってはテンポが合わなくなります。
だから、非言語は強調ではなく合図として使うことが大切です。
「どうだ、ここが大事だぞ」ではなく、「ここは一緒に丁寧に見ましょう」という空気を作るのです。
説明が伝わる人は、言葉だけを選んでいるのではありません。
言葉の届け方も選んでいます。
どのタイミングで間を取るか。どこで声を落とすか。どこで相手に問いを返すか。どこで笑いを入れるか。どこで再びポイントに戻るか。
このリズムが、聞き手の理解を支えています。
関連記事:業績と安全を左右する”声の文化”| 初動対応を見誤らないために
NLPやLABプロファイルは、決めつけではなく観察の補助線
私は、説明や育成の場面で、NLP(神経言語プログラミング)やLABプロファイル(言葉と行動の関係分析)の考え方も活用します。
ただし、ここで大切なのは、相手をタイプ分けして決めつけることではありません。
「この人は視覚タイプだから」「この人はリスク回避型だから」「この人は詳細型だから」と決めつけてしまうと、かえって目の前の相手を見なくなります。
大切なのは、相手が何で理解しやすいのかを観察することです。
図で見た方が理解しやすい人もいます。
言葉で順番に聞いた方が理解しやすい人もいます。
実際の場面に置き換えると、一気に理解する人もいます。
目的から知りたい人もいます。
リスクから考えたい人もいます。
全体像がないと不安な人もいます。
細かい手順がないと動けない人もいます。
だから、説明する側は、相手に合わせて入口を変える必要があります。
「全体像からいきますか? 具体例からいきますか?」
「目的から確認しましょうか? 手順から見ましょうか?」
「図にした方がよさそうですか? 現場の例でいきましょうか?」
こうした問いを入れるだけで、相手との距離はかなり縮まります。
これは、相手に迎合することではありません。
相手の理解が成立する条件を整えることです。
人財育成において大切なのは、相手をこちらの説明に合わせさせることではなく、相手の理解の入口を探し、そこから一緒に進むことです。
部下が育たないのではなく、学びの入口が見えていないのかもしれない
部下の育成で悩んでいる人の中には、「何度言っても伝わらない」「自分で考えてくれない」「指示待ちになってしまう」と感じている人もいるかもしれません。
その気持ちはよくわかります。
現場は忙しい。時間もない。何度も同じ説明をする余裕もない。
だから、つい「前にも言ったよね」と言いたくなる。
でも、少しだけ見方を変えてみたいのです。
もしかしたら、部下が育たないのではなく、学びの入口が見えていないのかもしれません。
何を見ればよいのか。どこから考えればよいのか。どこまで自分で判断してよいのか。何を質問してよいのか。
そこが見えていないと、人は動きにくくなります。
この時、上司がすべてを説明し尽くす必要はありません。
むしろ、すべてを説明しようとすると、部下はさらに受け身になることがあります。
大切なのは、部下が自分で考え始める問いを渡すことです。
「今の状況で、一番気になるところはどこ?」
「まず見るとしたら、どこから見る?」
「このまま進めると、どんなリスクがありそう?」
「やるとしたら、最初の一歩は何になる?」
こうした問いが、部下の頭を動かします。
育成とは、答えを渡すことだけではありません。
相手が、自分で状況を見て、考えて、行動し、振り返る力を育てることです。
そのためには、説明と問いのバランスが必要です。
教えるところは教える。考えてもらうところは考えてもらう。任せるところは任せる。
そして、迷った時には一緒に戻る。この伴走が、部下の成長を支えます。
人財開発や教育部門に必要なのは、研修を実施する力だけではない
人財開発や教育部門に求められる役割も変わってきています。
研修を企画する。講師を手配する。資料を作る。受講者を集める。アンケートを取る。
もちろん、これらは大切な仕事です。
しかし、それだけでは十分ではありません。
これから求められるのは、学びが現場につながる設計です。
研修で聞いたことが、現場の行動にどうつながるのか。
受講者が、自分の業務にどう置き換えるのか。
上司が、研修後にどう関わるのか。
職場で、どのような問いが続くのか。
ここまで見ていく必要があります。
研修はイベントではありません。学びのきっかけです。
研修当日に理解したように見えても、現場に戻った瞬間に日常業務に飲み込まれてしまうことがあります。
だから、研修中に「どう思います?」と問い、研修後に「やるとしたら何から始めますか?」と考え、職場で「実際にやってみてどうでしたか?」と振り返る流れが必要になります。
人財開発とは、人に知識を入れる仕事ではありません。
人が学び続ける環境を設計する仕事です。
だからこそ、説明の技術、問いの技術、観察の技術、場をゆるめる技術、現場に戻す技術が必要になるのです。
関連記事:問いが変われば景色が変わる | 問題を原理原則で読み解く為の問いかけとは

“わかりやすく説明する人”が本当に見ているもの
では、“わかりやすく説明する人”は、何を見ているのでしょうか。
その人は、資料だけを見ているのではありません。
自分の話す内容だけを見ているのでもありません。
相手の表情を見ています。頷きを見ています。声のトーンを聞いています。相手の経験を想像しています。相手の業務背景を考えています。
今、どこで迷っているのか。どの言葉ならつながるのか。どの問いなら考え始めるのか。
そこを見ています。
そして何より、相手を「理解できない人」として見ていません。
相手も一生懸命理解しようとしている人として見ています。
この前提があるから、言葉選びが変わります。
「なんでわからないんだ」ではなく、「どこでつながっていないのだろう」と考える。
「もっと説明しなければ」ではなく、「入口が合っているだろうか」と考える。
「理解させる」ではなく、「理解の足場を一緒につくる」と考える。
ここに、説明力の本質があります。
わかりやすい説明とは、話し方の才能ではありません。
相手を見る技術です。相手の学びを設計する技術です。相手の経験と知識をつなぐ技術です。
そして、相手が自分の言葉で考え、自分の現場で動き出せるようにする技術です。
教えるのではなく、考えが動く場をつくる
「わかりやすく説明する」とは、相手に合わせて言葉をやさしくすることだけではありません。
相手の現在地を見ること。相手の経験に接続すること。ポイントを絞ること。事例で広げること。問いで考えてもらうこと。もう一度、ポイントに戻ること。
そして、相手が「自分の仕事でやるならこうだな」と思えるところまで伴走することです。
部下育成に悩んでいる人。
人財開発や教育部門で、もっと現場に届く学びを作りたい人。
研修や説明の場で、「わかりやすく話しているはずなのに、なぜか伝わらない」と感じている人。
そんな人にこそ、説明の技術を学んでほしいと思います。
これは、話し上手になるための技術ではありません。
相手の学びを支えるための技術です。
知識を渡すためではなく、考えが動く場をつくるための技術です。
だから私は、今日も説明の途中で問いを入れます。
「どう思います?」「やるとしたら、どうやって見ますか?」
そして、時々おやじギャグも入れます。
滑った時は、私自身が一番深く内省しています。
でも、それでいいのだと思います。
説明する側も、学び続ける人である。
相手の反応を見て、自分の説明を見直し、次の関わり方を考える。
その姿勢があるからこそ、相手も安心して学び始めるのです。
“わかりやすく説明する人”は、相手の理解力を見下ろしているのではありません。
相手の中で、今まさに学びが動き出す瞬間を見ようとしているのです。


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国内外において、企業内外教育、自己啓発、人材活性化、コストダウン改善のサポートを数多く手がける。「その気にさせるきっかけ」を研究しながら改善ファシリテーションの概念を構築し提唱している。 特に課題解決に必要なコミュニケーション、モチベーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、解決行動活性化支援に強く、働く人の喜びを組織の成果につなげるよう活動中。 新5S思考術を用いたコンサルティングやセミナーを行い、企業支援数が190件以上及び年間延べ3,400人を越える人を対象に講演やセミナーの実績を誇る。