真の緊急時対応訓練とは │ 人の行動の”揺らぎ”に備える
あの日、酸性液体のシャワーが降った
30年近く前のことです。
私は、まだ製造現場で働いていました。
普段の仕事は淡々と進み、特に緊急事態を想定するような緊張感はありませんでした。
ところが、その日突然、忘れられない光景が、私の目の前で広がったのです。
ある工程の近くを歩いていたときのことでした。
突然、鋭い音とともに配管が破損し、そこから酸性液体が勢いよく噴き出しました。
高い位置に取り付けられていた塩ビ配管の損傷部分から、まるでシャワーのように液体が四方八方に飛び散り、雨のように降り注ぎました。
光が反射して飛沫がキラキラと散る様子は、今思い返しても妙に鮮烈で、恐怖と非現実感が入り混じる光景でした。
幸いにも、その落下地点に人はおらず、直接の被液は免れましたが、その危険性は言葉にできないほどのものでした。
その瞬間、周囲の人たちが見せた行動は、私の想像を大きく超えるものでした。
ある人は、飛散点をじっと見つめたまま動けなくなりました。
体が硬直し、ただその場に立ち尽くすだけ。
これが「フリーズ反応」だと後から知るのですが、そのときは「なぜ動かないんだ!?」と焦燥感に駆られました。
別の人は、何も言わずに走って逃げました。
自分の身を守るために、本能的に出口へと一直線に向かう姿は理解できるものの、周囲に声をかける余裕はなく、ただ自分を守ることに集中しているようでした。
そして、驚いたことに、ある人は果敢にも発生点に近づこうとしました。
「原因を止めて被害を最小化しよう」という使命感からでしょう。
しかし、強酸が飛び散る状況下に踏み込もうとする姿は、危険極まりないものでした。
勇敢さと無謀さは、紙一重です。
私は、その人を後ろから両脇で抱きかかえるようにして、引っ張り出しました。
今振り返れば、その瞬間に「二次被害を防ぐ」ための最も重要な介入をしていたのだと思います。
しかし最も衝撃的だったのは、その場にいた職場の責任者の行動でした。
いや、正確に言うなら「行動できなかった」というべきでしょう。
彼は、膝を床につき、頭を抱えて震えていました。
私は「大丈夫ですか!?」と声をかけ、肩を叩きましたが、返ってきたのはうなずきだけ。
目は虚ろで、指示を出すこともできませんでした。
普段は頼りがいのある管理職であっただけに、その姿は現場の人間にとって大きな動揺をもたらしました。
そんな中で、私は自分でも驚くほど大きな声を上げていました。
「安全確保!避難!避難!」
今まで生きてきた中で、一番大きな声だったと思います。
声を出すと同時に、自分自身も「やらなければ」というモードに切り替わっていきました。
その声を聞いて、避難を始める人もいれば、固まったまま動かない人もいました。
責任者は、依然として動けないままでした。
そこで私は思い切って、責任者に向かって叫びました。
「私がこの後の指揮をとります。いいですね!?」
彼は、ただただ頷くだけでした。
若い自分が、責任者を差し置いて指揮を執るなど、本来ならためらう場面です。
しかし、その瞬間は迷っている時間がないと悟りました。
避難を促し、全員を外へ誘導し、さらに「元バルブを閉めろ!」と指示しました。
誰が実際にバルブを閉めたのかは分かりませんが、その行動によって酸性液体の飛散はようやく収束に向かいました。
後続の中和処理や応急処置、製品への影響確認などは、各担当部署が集まり組織としての事故対応が始まりました。
しかし、私の中に強烈に残ったのは「人は危機の中で必ずしも合理的には動かない」という事実でした。
固まる人、逃げる人、突っ込む人、動けない責任者・・・・そして、若手の自分が代わりに指揮を執ったという事実。
あのときの光景は、30年経った今でも鮮明に脳裏に浮かびます。
この体験は、単なる「化学物質事故」ではなく、私にとって「人間の心理の実相」を突きつける事件でした。

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嵐の中の船―人の行動は揺らぐ
緊急事態に直面したとき、人は必ずしも冷静に、合理的に動くわけではありません。
むしろ、想定外の行動が次々と現れる。
それは、私が酸性液体の事故で目の当たりにした現実でしたが、このことをより多くの人に理解していただくために、私はよく「嵐の中の船」という比喩を使います。
想像してみてください。
あなたは仲間と一緒に、大海原を航海している最中、突然大嵐に巻き込まれたとします。
激しい風が帆をはためかせ、船体は大きく揺さぶられ、甲板には雨と波が打ち付けます。
そのとき、船の乗組員たちはどのように動くでしょうか。
ある者は、帆を下ろさねばならないと分かっていながら、恐怖に体を固めてしまいます。
風に煽られる帆をただ見つめるばかりで、手も足も動かず、頭の中は真っ白です。
また、ある者は「このままでは沈む」と感じ、小さな救命ボートを降ろして自分だけでも逃げ出そうとします。
仲間のことを顧みる余裕はなく、本能の赴くままに「ここから離れたい」という一心で動いてしまうのです。
さらに、勇敢さを誇る者は、逆にマストを登り、嵐の中で帆を必死に操作しようとします。
自分が何とかしなければ、船は助からないと信じて疑わないからです。
しかし、荒れ狂う風の中でマストに登ることは、最も危険で、命を落としかねない行動です。
そして・・・・・本来なら冷静に指示を出すべき船長が、その場に膝をつき、頭を抱えて動けなくなることさえあります。
普段は頼れる存在であっても、極限状況では心が耐えきれず、思考も体も機能を停止してしまうのです。
この比喩は、私が経験した酸性液体事故での光景と重なります。
固まる人、逃げる人、突っ込む人、動けない責任者・・・・それぞれの姿がまるで「嵐の中の船」で揺さぶられる人々の姿と一致するのです。
ここで重要なのは、誰が「正しい」「間違っている」ではありません。
むしろ人間とは本来、こうした多様な反応を示す存在であるということです。
理屈やマニュアルよりも、情動や本能が優先されるのが緊急時の人間なのです。
しかし、この「揺らぎ」をどう扱うかが、組織の運命を大きく左右します。
・嵐の中で、固まった仲間に声をかけ、恐怖で動けない手を握って一緒に動かす者がいるかどうか。
・救命ボートに飛び乗ろうとする者を制止し、仲間を置き去りにしないよう導けるかどうか。
・無謀にマストに登ろうとする者を後ろから抱えて止め、安全を優先させられるかどうか。
・動けなくなった船長に「代わりに私が指揮を執ります」と宣言し、舵を取る覚悟を持てるかどうか。

この行動の違いが、生死を分けるのです。
緊急時の対応を「嵐の中の船」としてイメージすると、読者の皆さんも「自分はどの行動を取るだろう?」と自然に想像できるはずです。
固まるのか、逃げるのか、突っ込むのか、それとも声を出して仲間を動かすのか。
そして大切なのは、「どれが良い悪い」ではなく、「それが現実に起こる」ということを前提に備えることです。
人間の行動は揺らぎます。
感情は乱れます。
だからこそ、緊急時対応訓練では「人の動き・情動の動き」をリスクとして、見込まなければならないのです。
嵐の中で船を守るのは、マニュアル通りの冷静な操作だけではありません。
仲間の揺らぎを理解し、そこにどう介入するかという“人への眼差し”が求められるのです。
私がこの比喩を使うのは、あなたやセミナー受講者の頭の中に「嵐の船上の自分」という映像を思い描いてほしいからです。
そうすれば、訓練や準備の意味が、単なる儀式ではなく、「自分を、仲間を救うリアルな力」に変わるからです。
緊急時、人間は合理的には動かない
私たちは、緊急時の対応を考えるときに、つい「人は理性的に動く」と期待してしまいます。
マニュアルを読めば分かるし、訓練をすればその通りに動けるだろうと。
しかし、実際に事故や災害が起きると、目の前で繰り広げられるのは理屈では説明できない人間行動の数々です。
ここでは、心理学や行動科学の知見を使って、その「非合理な反応」を解き明かしてみたいと思います。
1.フリーズ反応―動けなくなる人
危険が迫ると、人は「逃げる」か「戦う」かの二択を取るとよく言われます。
しかし実際にはもうひとつ、「凍りつく(フリーズ)」という反応が存在します。
強烈な恐怖や驚きに直面したとき、体は硬直し、頭は真っ白になり、視線だけが危険源に釘付けになるのです。
これは動物行動学的には「捕食者に気づかれないための防御反応」と考えられています。
つまり、人間も進化の過程で身につけた、本能的な行動なのです。
現代の職場では、フリーズは命を危険にさらすリスクですが、本人に悪意があるわけではありません。
むしろ誰でも、同じ条件で起こり得る自然な反応なのです。
2.フライト反応―何も言わずに逃げる人
次に多いのが、「フライト(逃走)」です。
危険を感じた瞬間に、自分の身を守ることだけに意識が集中し、仲間への声掛けもなく出口へ走ってしまう。
これもまた、人間として極めて自然な行動です。
ここで重要なのは、逃げる人を責めるのではなく、「逃げ出す人は必ずいる」と前提にすることです。
だからこそ訓練では、逃げる人がいても、残りの人が混乱しないように設計する必要があるのです。
3.ヒーロー行動―危険に突っ込む人
緊急時に必ず現れるのが、「ヒーロー」的に振る舞う人です。
危険源に近づき、「自分が止めなければ」、「原因を突き止めなければ」と行動してしまう。
これは強い責任感や使命感から生まれる行動ですが、冷静に見れば無謀な行為であり、二次被害を招きかねません。
行動科学では、こうした行動は「プロソーシャル行動(他者や組織を助けたい気持ち)」の一形態と説明されます。
つまり善意から出る行動なのですが、安全文化の視点からは「勇敢さと無謀さの境界」をどう教育するかが課題になります。
4.リーダーの無力化―動けなくなる管理職
私が目撃した中で、最も衝撃的だった行動は、責任者が膝をつき、頭を抱えて動けなくなった場面でした。
普段は冷静で頼れる存在が、緊急時では、まるで別人のように無力化してしまう。
これは、心理学的な「急性ストレス反応」のひとつであり、「トンネルビジョン(視野狭窄)」や「解離反応」と呼ばれる現象に近いものです。
責任感が強い人ほど、「想定外の事態に直面したときの自己効力感の崩壊」が起こりやすいのです。
指揮系統のトップが動けなくなることは、組織全体の混乱を拡大させます。
だからこそ、緊急時対応訓練では「リーダーが動けない場合をどうするか」まで想定する必要があります。
5.エマージェント・リーダーシップ―その場に生まれる指揮
事故の際、私は若手でありながら責任者の前で「私が指揮をとります」と宣言しました。
これは、社会心理学でいう「エマージェント・リーダーシップ(状況的リーダーシップ)」の典型です。
リーダーシップは必ずしも役職や年齢で決まるものではなく、状況によって自然に立ち上がる人が現れる。
大声を出すことで周囲に、「この人の指示に従おう」と思わせ、行動を収束させることができるのです。
この「一声」は、緊急時において何よりも大きな意味を持ちます。
6.声掛けと身体介入の効果
心理学には、「外部刺激が認知を切り替える」という考え方があります。
固まった人も、「避難!」という強い声を受けて、初めて行動を起こすことがあります。
逆に、勇敢に突っ込もうとする人を後ろから抱えて引き止める・・・・これもまた「身体介入」による外部刺激で、危険な行動を止める効果を発揮します。
ここで大事なのは、声や身体を使った介入は決して「乱暴」でも「パワハラ」でもなく、命を守るための正しい行為であるということです。
緊急時には、「優しく諭す」よりも「短く強い声」「直接的な制止」が、必要になる場面があるのです
いかがですか?
私が体験したことを、心理学や行動科学などの“科学”の視点で、読み、考えると、人って様々なタイプがいることが解ります。
そして、緊急時の人間行動は予想外であり、必ずしも合理的ではありません。

これらはすべて「人間である以上起こり得る反応」なのです。
だからこそ、緊急時対応を考えるときに大切なのは「マニュアル通りに動ける」と過信しないことです。
人は合理的には動かない。
その前提に立って、訓練や準備の中に「人間の揺らぎ」を組み込むことが、真の安全文化を築く第一歩なのです。
訓練は“人”を想定しているか?
多くの職場で「緊急時対応訓練」が行われています。
年に一度、決められたシナリオに沿って避難を行い、消火器を手に取り、消防署に報告する。
訓練の最後には、「訓練評価」として記録がまとめられ
・「マニュアルに従い適切に行動できた」
・「特に改善点なし」
・「マニュアルの見直し不要」
といった結論が並びます。
表面的には問題はなく、形式としては「やるべきことをやっている」。
しかし、果たしてそれで本当に、緊急時に対応できるのでしょうか。
私は、相談を受けるたびに、この問いを強く投げかけたくなります。
1.形骸化した訓練の実情
形式的な訓練では、参加者の多くが「これは訓練だから」と心のどこかで理解しています。
煙が立ちこめることもなく、誰もパニックにはならず、責任者は必ず冷静に指示を出す。
参加者も手順通りに整列し、整然と避難を終える。
それは「予定調和の舞台」であって、本物の混乱を体験する場ではありません。
訓練の記録には「全員がマニュアルに従い行動できた」と記され、最後は「見直し不要」と結ばれます。
しかし、その結論が意味するのは、「現実に本当に機能するかは試していない」ということでもあるのです。
2.人間を想定しない訓練の限界
実際の緊急事態では、人間はマニュアル通りには動きません。
フリーズする人、走って逃げる人、危険に飛び込む人、責任者が動けなくなることさえあります。
にもかかわらず、多くの訓練は「全員が冷静に動ける」ことを前提に組み立てられています。
つまり、「人間の揺らぎ」を想定しないまま、訓練を終えてしまっているのです。
これでは、いざ現実が訪れたときに初めて「想定外の人間行動」に直面し、混乱が拡大してしまいます。
3.私自身の体験―三日間のライン停止
私も過去に、痛烈な経験をしました。
ある装置のトラブルで、ラインが三日間も停止してしまったのです。
復旧に奔走しながら、「どうすればこのダメージを抑えられるのか」と自問しました。
この教訓から、私はトラブル時の対処マニュアルを整備し、さらに実際に使えるように訓練を行いました。
そして二年後、なんと同じトラブルが再発してしまったのです。
「またやってしまった」と、責任者として情けなく思いました。
しかし、そのときラインの停止時間は、わずか三時間で済んだのです。
4.訓練がもたらすもの―完璧ではなく回復力
この経験が私に教えてくれたのは、「訓練はトラブルをゼロにするものではない」ということです。
トラブルの再発は防げなくても、被害を最小化し、復旧を早める力を養ってくれる。
それが、訓練の真の価値だと理解しました。
つまり訓練とは、「完璧な対応」をするためのものではなく、「想定外に直面したときに立ち直る力=レジリエンス」を育むものなのです。
復旧時間を三日間から三時間にできたのは、マニュアルと訓練のおかげで組織が“回復力”を獲得したからでした。
レジリエンスとは、「逆境や困難に直面しても、しなやかに受け止め、立ち直り、前に進む力」のことです。
心や組織の回復力とも言えます。
5.人を想定した訓練のあり方
では、本当に意味のある訓練とは、どのようなものでしょうか。
私は、次のような要素を取り入れるべきだと考えています。
1. フリーズ役を仕込む
→訓練の中で「動けなくなる人」をあえて設定する。
それにどう対応するかを学ぶ。
2. 暴走役を用意する
→危険源に近づこうとする人をあえて演じてもらい、止める訓練を行う。
3. 責任者が動けないシナリオ
→指揮官が指示を出さない設定を入れ、誰が代わりに声を出すのかを試す。
4. 混乱の中での声掛け練習
→大声で「避難!」と叫ぶことを、実際に体で経験する。
5. 評価基準の転換
→「マニュアル通りに動けたか」ではなく、「想定外の人間行動にどう対処したか」を評価する。

6.訓練を人間のリアルに近づける
結局のところ、訓練を「予定調和のイベント」にするのか、「想定外を含めたリアルな体験」にするのかが、組織の命運を分けます。
人間の行動や情動をリスクとして見込み、それを訓練に織り込むことで、組織は本当の対応力を手にすることができます。
訓練は、マニュアルを守れるかどうかを確認する儀式ではありません。
人の揺らぎを前提に、混乱の中でも仲間を守り、被害を最小化する力を育むものなのです。
関連記事:災害時の初動訓練|リスク回避と被害最小化の実践法避
訓練を形骸化させるな!
ここまでお読みいただいた皆さんには、もうお気づきかもしれません。
緊急時対応において、もっとも大きなリスクは「設備」や「物」そのものではなく、人間の行動と情動なのです。
酸性液体がシャワーのように降り注いだあの日、私は目の前で人が固まり、走って逃げ、突っ込み、責任者が動けなくなるのを見ました。
そして若手の私が思い切って声を上げ、指揮をとることでようやく避難と収束に至ったのです。
あの場面は30年たった今も鮮明に思い出すことができます。
あの体験が教えてくれたのは、「マニュアル通りに動けると信じてはいけない」ということでした。
緊急時、人は合理的には動きません。
感情が暴れ、本能が優先され、想定外の行動が必ず生まれます。
その事実を前提にしていなければ、訓練は単なる儀式で終わってしまいます。
1.形骸化した訓練が招く危うさ
多くの職場で行われている年1回の訓練は、きれいに整列して避難し、責任者が冷静に指示を出し、最後に「マニュアル通りでした」と記録するものです。
そこに「人の揺らぎ」は、一切登場しません。
その結果、本当の緊急時に初めて「想定外の行動」と直面し、混乱が拡大するのです。
・フリーズして動けない人に誰が声をかけるのか?
・危険に飛び込もうとする人を誰が止めるのか?
・ 責任者が動けないときに誰が指揮を執るのか?
こうした問いを置き去りにしている限り、訓練は「やった」という実績だけを残す形骸化したイベントにすぎません。
2.訓練の本質は「想定外への対応」
訓練とは「マニュアルを守れるか」を確認するためのものではありません。
むしろ「マニュアルにない行動が出たとき、どう対応するか」を学ぶ場であるべきです。
• 動けない人がいたら、どう声をかけるか。
• 逃げ惑う人が仲間を押しのけたら、どう収拾するか。
• 勇敢すぎる人をどう制止するか。
• リーダーが沈黙したら、誰が「代わりに指揮をとる」と言えるか。
こうした「人間の想定外」に対応するシナリオを組み込み、実際に体験させることが本当の訓練です。
3.訓練は「回復力」を育てる
私はかつて、装置のトラブルで三日間ラインを止めたときの話し。
恥ずかしい話ですが、その後マニュアルを作り、訓練を行ったにもかかわらず、二年後に同じトラブルを起こしてしまいました。
しかしそのとき、ラインの停止時間は三時間で済みました。
訓練の真価は、失敗をゼロにすることではなく、被害を最小化し、回復を早める力を育てることにあります。
つまり、訓練とは「完璧さ」ではなく「レジリエンス(回復力)」を高める営みなのです。
4.あなたの組織で、同じことが起きたら?
ここで読者の皆さんに問いかけたいと思います。
•あなたの職場で緊急事態が発生したら、誰が固まるでしょうか?
• 誰が逃げ出し、誰が勇敢に突っ込むでしょうか?
•そして、もしリーダーが動けなかったら、誰が声を出すでしょうか?
その答えを「誰もが冷静に動けるはず」と考えてしまうなら、それこそが危険です。
現実には必ず「人の揺らぎ」が生じる。
だからこそ訓練は、その揺らぎを前提にして設計すべきなのです。
5.訓練を形骸化させるな!
訓練を形骸化させてはならない。
マニュアル通りの予定調和を繰り返すのではなく、人間の不完全さ、感情の揺らぎ、想定外の行動をリスクとして組み込んでほしい。
緊急時対応とは、設備やシステムとの戦いであると同時に、人間の心理や行動との戦いでもあるのです。
だからこそ、訓練は「人を想定する」ことが肝心です。
嵐の中の船を守れるのは、マニュアルではなく、仲間を思い、声を出し、時に身体で止め合う“人の力”です。
その力を引き出すためにこそ、訓練の意義があります。
どうか皆さんの組織でも、訓練を形骸化させず、人間を想定したリアルな練習を積み重ねてください。
それが、いつか本当に訪れるかもしれない緊急事態から、自分と仲間を守る唯一の方法なのです。

しかし、訓練を形骸化させないためには、もうひとつ大切な視点があります。
それは「常に備える」ということです。
常に備える
ここまでお読みいただいた方は、すでにお気づきかもしれません。
緊急時対応の本質は、単なる「マニュアル遵守」ではなく、人間の行動と感情の揺らぎを前提に備えることです。
訓練を形骸化させないことはもちろん重要ですが、それ以上に大切なのは、日常の中で小さな備えを積み重ねていくことなのです。
1.忘れているようで、実は残っている記憶
私自身、酸素欠乏作業主任者や防火技能研修などで「危険を知らせる」「避難を優先する」「無謀な救助を避ける」といった基本を学びました。
正直なところ、普段の仕事では、忘れてしまっていた部分も多かったと思います。
しかし、酸性液体の配管破損事故の現場に遭遇したとき、不思議なことにそれらの記憶が「いきなり発動」したのです。
大声で「避難!」と叫び、固まった人に肩を叩いて声をかけ、突っ込もうとする人を身体で制止した。
・・・・これは理屈ではなく、体に刻まれていた行動パターンがスイッチのように入った瞬間でした。
心理学的にいえば、これは状態依存記憶と手続き記憶が働いたものです。
緊張状態になると、過去の訓練や講習で刻まれた行動が呼び起こされ、体が勝手に動くのです。
2.発動を可能にする「三つのスイッチ」
では、こうした「発動」を確実にするにはどうしたらよいでしょうか。
私は、次の三つを意識することが大切だと考えています。
•状態依存記憶をつくる
危険や緊張を伴う状況で訓練する。
アラーム音や煙などリアルな要素を入れることで、記憶が危険と結びつきやすくなります。
•手続き記憶を鍛える
声を出す、腕を引く、消火器を操作するなどを繰り返し身体で練習し、考えるより先に体が動く状態にしておくこと。
•発動条件を仕込む
固まる人役、暴走する人役、動けない責任者役を訓練に入れ、「想定外」を疑似体験することで、本番でスイッチが入りやすくなります。

この「三つのスイッチ」を意識することで、学んだことは“発動可能な力”へと変わっていきます。
3.常に備えるためにできること
訓練を年1回の儀式にするのではなく、日常の習慣に落とし込むことが重要です。
•月1回、5分だけ声出し訓練をする。
•消火器の操作や避難経路確認を、繰り返し体で覚える。
•訓練後には「なぜ動けなかった?」「なぜ突っ込んだ?」を振り返るディブリーフィングを行う。
小さな積み重ねが、いざというときに大きな違いを生みます。
4.ニューロセリング(脳科学に基づいた訴え)による問いかけ
ここで、あなたに問いかけたいと思います。
もし、あなたの組織で突然の緊急事態が起きたら・・・・誰が固まり、誰が逃げ、誰が突っ込み、そして誰が声を出すでしょうか?
その瞬間に「自分は大丈夫」と思っても、人は必ず揺らぎます。
だからこそ、訓練で「人間の揺らぎ」に備えておかなければならないのです。
緊急時のマニュアルは、どれほど完璧に作られていても、それだけでは不十分です。
必要なのは、どんな状況でも瞬時に判断し、リーダーシップを発揮できる人財を育てること。
そのためにこそ、訓練や講習を形骸化させず、「発動条件」を意識した実践を重ねることが求められます。
5. 次に考えるべきこと
そしてもう一つ強調したいのは、BCP(事業継続計画)や緊急対応マニュアルの見直しです。
形式的に作られたままになっていないでしょうか?
「想定外の人の行動」を前提に盛り込んでいるでしょうか?
もし不安を感じるなら、その時点ですでに見直す必要があります。

私は現場での実体験と、心理学・行動科学の知見をもとに、緊急対応訓練の支援を行っています。
もし「自分の組織の訓練は形骸化していないか」「人の行動を前提にした備えができているか」と疑問を感じたら、ぜひ私にご相談ください。
必ずヒントをご提供できるはずです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。


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国内外において、企業内外教育、自己啓発、人材活性化、コストダウン改善のサポートを数多く手がける。「その気にさせるきっかけ」を研究しながら改善ファシリテーションの概念を構築し提唱している。 特に課題解決に必要なコミュニケーション、モチベーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、解決行動活性化支援に強く、働く人の喜びを組織の成果につなげるよう活動中。 新5S思考術を用いたコンサルティングやセミナーを行い、企業支援数が190件以上及び年間延べ3,400人を越える人を対象に講演やセミナーの実績を誇る。