ヒューマンエラーは文化で食い止める | 本当に必要な緊張とは何か
ゼロ災・ゼロ不良を掲げながら
私たちは、どこでつまずいているのでしょうか。
設備は進化し、管理は高度化し、ルールは増え続けている。
それでも、見落としはなくならない。
もしその原因が、注意力の不足ではなく、脳のフィルター機能にあるとしたら。
そして、強い緊張がかえって微差への感度を下げているとしたら。
私たちは、安全の設計図をどこから描き直すべきでしょうか。
「見ていたのに」― その瞬間、何が起きていたのか
「ちゃんと見ていたのか?」
ヒューマンエラーが起きたとき、この言葉をかけられた経験はありませんか。
そのとき、あなたはどう感じましたか。
悔しさ。
情けなさ。
申し訳なさ。
あるいは、言い返せない重さ。
けれど、心のどこかで思っていたはずです。
――見ていた。
――ちゃんと確認した。
――それでも、気づけなかった。
この「気づけなかった」という感覚。
私は、ここに本質があると考えています。
あなたは、怠けていない
現場で起きる多くのエラーは、サボりや怠慢から生まれているわけではありません。
むしろ多くの人は、真面目で、責任感が強く、一生懸命です。
それでも見落とす。
なぜでしょうか。
それは、あなたが弱いからではありません。
脳が、そうできているからです。
脳は、あなたを守るために“削っている”
人間の脳は、毎秒何百万もの情報を受け取っています。
音。光。振動。温度。匂い。
そして過去の記憶。
しかし、そのすべてを意識していたら、私たちは疲れ果ててしまいます。
だから脳は、削ります。
重要だと判断したものだけを前面に出し、それ以外を背景に退ける。
これは怠慢ではありません。
あなたを守るための機能です。
脳はエネルギー消費が非常に大きい臓器です。
だから効率化する。
慣れた作業は自動化する。
“いつも通り”は背景に回す。
そして、違和感が小さければ、それは通過してしまう。
ここで、あの出来事が起きます。
「見えていたのに、気づかなかった。」
慣れは味方であり、盲点でもある
あなたは経験を積んできたはずです。
同じ工程を何百回、何千回と繰り返してきた。
だからこそ、速く、正確にできる。
それは強みです。
しかし慣れは、“違い”を探すモードではなく、“再現”を続けるモードをつくります。
脳の中には、RAS(網様体賦活系)という情報フィルターがあります。
これは「重要だ」と判断したものだけを意識へ通します。
もしその違和感が、“危険”とラベル付けされていなければ、それは背景になります。
異音は鳴っていた。
表示は出ていた。
振動もあった。
しかし脳が「いつも通り」と判断すれば、それは通過します。
あなたは怠けていない。
脳が、あなたを守ろうとしていただけなのです。
だからこそ、責めるだけでは変わらない。
「もっと注意しろ」
「集中しろ」
「気を抜くな」
こうした言葉は、瞬間的には効果があるように見えます。
しかし脳の構造は変わりません。
注意には、限界があります。
ワーキングメモリ(情報を一時的に保とうとする脳の機能)の容量は有限です。
情報が多ければ多いほど、脳はより強くフィルタリングします。
整理されていない現場では、視覚ノイズ・表示の乱立・情報過多が脳を疲労させます。
つまり、情報が多いほど、見落としは増える。
ここに、ゼロ災・ゼロ不良を阻む、見えない構造があります。
もし、あなたが悪くないとしたら
ここまで読んで、少し肩の力が抜けた方もいるかもしれません。
もし、見落としが、あなたの弱さではないとしたら。
もし、それが環境と文化の問題だとしたら。
私たちは何を変えるべきでしょうか。
ゼロ災は、注意力の強化から始まるのではありません。
脳に優しい仕組みづくりから始まります。
整理された環境。
違いに気づく訓練。
気づきを共有できる対話。
ここから、“気づける脳”は育ちます。
しかし、もう一つの問題があります。
強い緊張や叱責は、本当に見落としを減らしているのでしょうか。
一見、効果があるように見えるその方法に、脳科学はどんな答えを出しているのか。
ここからは、「怒鳴る文化と覚醒レベルの科学」を掘り下げます。
あなたの現場にとって、本当に必要な緊張とは何か。
その答えを、一緒に探していきましょう。
その怒号の先にあるもの―緊張という名のアクセル
ある工場での話です。
ラインが一瞬止まりました。
ほんの小さなトラブルでした。
そのとき、管理者の声が現場に響きました。
「何をやっているんだ!」 「集中しろ!」
空気が凍ります。
作業者の背筋が伸び、動きが速くなります。
確かに、その後しばらくはミスが減ります。
この光景を見て、多くの人はこう感じます。
「やはり、緊張感は必要だ。」
しかし私は、ある問いを抱きます。
・・・・その緊張は、アクセルか。
それとも、エンジンを痛めているのか。
緊張はエンジンを回す
人間の脳は、危険を感じると瞬時に反応します。
怒号や強い叱責は、扁桃体を刺激します。
扁桃体は、脳の警報装置です。
「危険だ」「まずい」と察知すると、交感神経が活性化しアドレナリンが分泌され、心拍数が上がる。
いわば、エンジンの回転数が一気に上がる状態です。
このとき、反射は速くなり、単純な作業は鋭くなります。
だから、怒鳴る指導は、“効いているように見える”のです。
しかし、ここに見えない副作用があります。
アクセルを踏み続けるとどうなるか
車で考えてみてください。
エンジンを高回転で回し続ければ、瞬間的なスピードは出ます。
しかし、繊細なハンドリングは難しくなる。
微妙なカーブでは、むしろスピードを落としたほうが安定します。
脳も同じです。
強い緊張状態では、前頭前野の働きが抑制されます。
前頭前野は、
微細な違和感への気づき
複数情報の統合判断の精度
未来予測
を担っています。
つまり、強い緊張は反射を速くするが、繊細な気づきを鈍らせる可能性がある。
ゼロ災に必要なのは、スピードでしょうか。
それとも、解像度でしょうか。
ヤーキーズ・ドッドソンの曲線
心理学には、覚醒レベルとパフォーマンスの関係を示す理論があります。
適度な緊張は、パフォーマンスを高める。
しかし過度な緊張は、逆に低下させる。
しかも重要なのは、課題が複雑になるほど、最適な緊張レベルは低くなるという点です。
単純な作業なら、高い覚醒が有効な場合もあります。

しかし現代の現場はどうでしょうか。
工程は複雑化し、品質要求は厳格化し、判断要素は増えています。
その環境でアクセルを踏み続けると、どうなるでしょうか。
スピードは上がる。
しかし、微差は見えなくなる。
怒鳴る文化が消えない理由
それでも怒鳴る文化が残るのは、短期的な効果が見えるからです。
その場の統制は効く
一時的なミスは減る
上司は安心する
しかし長期的に見ると、
報告は減る
相談は減る
隠蔽が生まれる

心理的安全性の研究では、報告がしやすい組織ほど重大事故が少ないことが示されています。
ミスのない組織が、強いのではありません。
ミスを早く共有できる組織が強い。
恐怖は、声を小さくします。
声が小さくなると、兆候は届きません。
本当に必要な緊張とは何か
私は、緊張そのものを否定したいのではありません。
適度な緊張は、集中力を高めます。
問題は、それが“常態化”しているかどうか。
戦闘モードが日常になると、脳は防御を優先します。
学習は浅くなり、創造性は縮みます。
ゼロ災・ゼロ不良を目指すなら、必要なのは、恐怖ではなく、違和感に気づける余白。
アクセルだけでは、安全は守れません。
ハンドルを切る繊細さが必要です。
では、なぜ整理されていない環境が脳の処理能力を奪うのか。
そして、なぜ「整理」は単なる片づけではないのか。
その科学を掘り下げます。
散らかった現場と、曇ったフロントガラス―整理が脳を救う理由
ある現場で、私は二つの写真を並べてもらいました。
一枚目は、工具が混在し、表示が乱立し、棚には“念のため”の部品が積み重なっている状態。
二枚目は、同じ現場を整理した後の写真。

違いは明らかでした。
しかし興味深いのは、整理前の写真を見た作業者の反応です。
「これ、別に普通ですよね。」
長年その環境にいると、ノイズは“背景”になります。
ここに、脳のもう一つの盲点があります。
フロントガラスの曇り
整理されていない現場は、曇ったフロントガラスに似ています。
走ることはできます。
前も見えます。
しかし、微妙なカーブや小さな障害物は、はっきりとは見えません。
人間の脳も同じです。
視覚情報が増えれば増えるほど、脳はフィルタリングを強めます。
ワーキングメモリの容量は有限です。
同時に抱えられる判断の数には、限界があります。
情報が多いほど、脳は“重要ではないもの”を切り捨てる。
その中に、兆候が含まれていたらどうなるでしょうか。
視覚ノイズと認知負荷
認知心理学では、「認知負荷」という概念があります。
処理すべき情報が多いほど、判断精度は低下します。
モノが多い
表示が多い
色が多い
注意喚起が多い
これらはすべて、脳にとってはノイズです。
ノイズが増えると、
判断疲労が起きる
注意が分散する
微差が埋もれる
整理されていない現場は、意図せずして脳を疲れさせています。
「整理」は美化活動ではない
整理という言葉を聞くと、片づけや清掃を連想する人が多いでしょう。
しかし、本質はそこではありません。
整理とは、脳の処理負荷を下げる行為です。
不要なものを取り除く。
情報を減らす。
意味のある表示だけを残す。
それは、フロントガラスを磨く行為に似ています。
見える景色は同じでも、解像度が変わる。
微妙な違いが見えるようになる。
ここで初めて、“違和感”が浮かび上がります。
熟練者ほど危ない?
意外に思われるかもしれませんが、熟練者ほど、見落としが起きやすい場合があります。
それは、作業が自動化されているケースです。
自動化は、効率を上げます。
しかし、注意の幅を狭めます。
整理されていない環境では、自動化とノイズが重なり、“いつも通り”の再現が続きます。
違和感は背景へ沈む。
ゼロ災を目指すなら、熟練に甘えるのではなく、熟練を支える環境を整える必要があります。
テーマを持った清掃という訓練
ここで一つ、問いがあります。
清掃は、何のために行うのでしょうか。
美観のためでしょうか。
規律のためでしょうか。
私は、こう考えています。
「清掃は、観察力のトレーニングである。」
テーマを決めて清掃をすると、脳は“違い”を探すモードに切り替わります。
異音だけを探す
異物だけを見る
転倒リスクだけに集中する
この訓練は、RAS(網様体賦活系)の情報フィルターを書き換えます。
「それは重要だ」とラベル付けする。
すると、それまで背景だった情報が前面に出てきます。
整理と清掃は、設備を磨く行為ではありません。
脳の解像度を上げる行為です。
関連記事:「テーマがある清掃」で磨く!問題検出力と職場活性化
ゼロ災は、環境から始まる
見落としを減らすために、注意力を強めるだけでは足りません。
怒鳴るだけでも足りません。
必要なのは、脳が見やすい環境。
違和感が浮かび上がる空間。
気づきを共有できる対話。
整理は、単なる5S活動ではありません。
それは、判断力への投資です。
ゼロ災を文化として根づかせるために、何が必要なのかを見定める転換期にある組織は、多くあると感じています。
統制から文化へ。
恐怖から気づきへ。
その転換へと、お話をつづけます。
ゼロ災は「統制」ではなく「文化」である
ある経営者が、こう言いました。
「うちは事故が起きると、すぐに原因を徹底追及します。再発防止策もすぐに出します。」
その姿勢は、決して間違いではありません。
しかし、私はこう問い返しました。
「そのとき、現場の空気はどうなりますか?」
しばらく沈黙がありました。
エラーはなくならない
まず前提として、はっきりさせておきたいことがあります。
ヒューマンエラーは、なくなりません。
人間が関わる以上、脳のフィルターも、慣れも、疲労も存在します。
だからゼロ災とは、ゼロエラーではありません。
エラーが起きない状態ではなく、エラーが重大化しない状態。
その違いは、決定的です。
統制は短期、文化は長期
統制は、即効性があります。
ルールを強化する。
チェックを増やす。
注意喚起を増やす。
短期的には効果が出ます。
しかし、長期ではどうでしょうか。
チェックが増えるほど、認知負荷は増えます。
表示が増えるほど、脳はさらにフィルタリングを強めます。
そして、“本当に重要な兆候”が埋もれる。
統制だけでは、見落としの構造は変わりません。
文化とは何か
文化とは、無意識に選ばれる行動です。
誰かに言われなくても、自然と行われる振る舞い。
ゼロ災の文化とは、小さな違和感を口にできる「これ変かもしれない」と言える、ミスを早く共有できる状態です。
心理学の研究では、心理的安全性が高いチームほど報告が早く、改善が進み、結果的に事故率が低いことが示されています。
興味深いのは、“優秀だから事故が少ない”のではなく、“報告が多いから事故が防げる”という点です。
声が上がる組織は強い。
声が消える組織は、静かにリスクを蓄積するのです。
見落としは、個人の問題ではない
ここまで見てきたように、見落としは脳の仕様です。
過度な緊張が思考を浅くする可能性についてもお話しました。
そして、整理が脳の解像度を上げることも確認しました。
ここまでの流れは、一つの結論に向かっています。
見落としは、個人の弱さではなく、環境と文化の問題である。
もしそうだとしたら、問いは変わります。
「誰が悪いのか」ではなく、「どんな環境なら、気づけるのか。」

ゼロ災は“余白”から生まれる
私は、ゼロ災を“余白”の問題だと考えています。
余白とは、
脳が過負荷でない状態
違和感を拾える空間
相談できる時間
正しい雑談ができる時間
アクセルを踏み続けた状態では、余白は生まれません。
ノイズだらけの空間では、余白は生まれません。
恐怖が支配する空気では、余白は生まれません。
ゼロ災とは、完璧さではなく、気づきが流れる余白をつくること。
最後に
もし、あなたの現場で小さな違和感が口に出されているなら、それは強い現場です。
もし、整理が単なる美化活動ではなく判断力への投資になっているなら、それは未来に向かう現場です。
見落としの脳科学は、誰かを責める理論ではありません。
人を守るための理論です。
ゼロ災・ゼロ不良は、統制の結果ではなく、文化の成果。
その文化を育てる一歩は、今日、あなたが小さな違和感に耳を澄ますことから始まります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
コラムでお伝えできるのは、理論の一部にすぎません。
もしも、あなたが私のセミナーに参加して下されば、
・問いの投げかけ方
・間の取り方
・場の空気のつくり方
・受講者の思考が動く瞬間
そのすべてを体験していただけるのですが・・・・・
そこで、株式会社tebiki様から講演のご依頼をいただき、公開webセミナーで登壇させていただく機会を頂きました。
関連記事:【イベント登壇のお知らせ】3/5(木)Tebiki主催オンラインセミナーに弊社コンサルタント 坂田和則が登壇いたします
同じ内容でも、「どう伝えるか」で、脳の反応は変わります。
緊張を高める伝え方もあれば、気づきを引き出す伝え方もある。
安全教育や品質教育に携わる方、部下を育てる立場の方にとっては、“内容以上に、伝え方そのもの”がヒントになるはずです。
「話の構成を学びたい」
「問いの力を知りたい」
「場を動かすセミナーパフォーマンスを体感したい」
そう感じてくださった方には、ぜひ直接ご参加いただきたいと思います。
定員に達し次第締め切りとなりますので、ぜひお早めにお申し込みください。
ゼロ災は、知識だけでは生まれません。
人の脳が動く瞬間から始まります。
その瞬間を、画面越しに体験してください。
お会いできるのを、楽しみにしています。
毎週月曜日に「改善ファシリテーション」をテーマとしたコラムを更新、
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国内外において、企業内外教育、自己啓発、人材活性化、コストダウン改善のサポートを数多く手がける。「その気にさせるきっかけ」を研究しながら改善ファシリテーションの概念を構築し提唱している。 特に課題解決に必要なコミュニケーション、モチベーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、解決行動活性化支援に強く、働く人の喜びを組織の成果につなげるよう活動中。 新5S思考術を用いたコンサルティングやセミナーを行い、企業支援数が190件以上及び年間延べ3,400人を越える人を対象に講演やセミナーの実績を誇る。