”説明”とは、共に歩くこと │ 部下の心を動かす説明術

動かない部下の“心”を動かす説明術
「なぜ、あれほど丁寧に説明したのに、伝わらないのか?」
そんな違和感を抱えたことはありませんか?
経営の現場では、変化を求められる場面が多くあります。
改善活動、新制度の導入、人材育成……。
どれも論理的に説明すれば、きっと伝わるはず。
しかし、現実はどうでしょう。
・時間をかけて説明しても、社員が動かない。
・形だけの返事、他人事のような態度。
そんな“温度差”に、頭を抱える経営者や管理職は少なくありません。
このコラムは、そんな「伝わらない説明」に終止符を打ちたいと願うリーダーに贈る、実践と科学の融合書です。
私は、年間延べ3400人を超えるビジネスパーソンの前に立ち、セミナー・研修・対話の場を提供してきました。
その中で得た結論は明確です。
説明とは、論理の伝達ではなく、“信頼と感情の橋渡し”である。
人は、「わかったから動く」のではなく、「わかってもらえたと感じたとき」に動くのです。
そのためには、“相手の視点で考える力”“心理的な安全をつくる技術”“問いかけのセンス”が不可欠です。
このコラムでは、以下のようなテーマを、実例と心理学・脳科学の理論を交えながら、五つの構成で解説します。
読み終わる頃に、こんな気づきが得られることでしょう。
「説明力」よりも大切なのは「読み取る力」だった
「説得」ではなく「共に創る」説明が、行動を変える
型に頼らない即興型ファシリテーションが、成果を生む理由
あなたのチームにも“動き出す空気”は作れる
あなたの周りにも、「ちゃんと伝えているのに、なぜか動かない部下」がいませんか?
あるいは、「なぜ自分の思いは理解されないのだろう」と孤独を感じる瞬間はありませんか?
この文章が、そんな悩みを抱える全てのリーダーの“思考の視点”を変えるきっかけになれば幸いです。
きっとあなたの説明は、もっと伝わる。
そして、あなたの組織は、もっと動き出す。
「伝わらない」は、説明の仕方が原因ではなかった
20年前、私は“正しく説明すれば人は動く”と信じていました。
わかりやすく図解し、論理的に整理し、プレゼン技術も磨いてきました。
けれど、思うように相手が動いてくれませんでした。
「こんなに丁寧に説明したのに、なぜ伝わらないんだろう?」
そう感じたある日、20代の若手社員に改善提案を説明していたときのことです。
彼の目がどこか泳いでいるのに気づきました。
口では「わかりました」と答えてくれましたが、実際にはその内容を行動に移すことはありませんでした。
そのとき、私はハッと気づきました。
私の説明は、“自分の視点”から語っていただけだったのです。
相手が20代であること、経験や知識が浅いこと、そして失敗を恐れる年頃であることそれらをまったく考慮せず、私自身の常識と正しさを一方的に押しつけていたのでした。
それ以来、私は相手の立場に立つことを徹底するようになりました。
20代の不安や戸惑い、30代の焦りと責任感、40代の孤独なリーダーシップ・・・それぞれの“その時代”に、自分自身が戻るよう意識しながら話すようにしたのです。
すると、相手の反応が明らかに変わっていきました。
表情が柔らかくなり、質問が増え、そして自ら行動に移す姿が見られるようになりました。
私はここで、はっきりと理解しました。
説明が伝わるとは、「正確に情報を届けること」ではなく、「相手の心に届く言葉で語ること」なのだと。
私はあるときから、説明を始める前に相手の“今”に意識を合わせるようになりました。
「この人はいま、どんな経験を積んでいて、どんな価値観を持っているのだろう?」 「この言葉は、安心感を与えるか、それとも圧力になるだろうか?」
それはまるで、ナビゲーションをするためにまず“相手の地図”を開く作業のようでした。
たとえば、新人社員に「リスクを取って挑戦してごらん」と言っても、ピンと来ないことがあります。
それよりも、「最初はうまくいかなくても大丈夫だから、一緒にやってみよう」と伝えたほうが行動につながるのです。
逆に、経験を積んだ30代の社員には、「なぜ今ここで、挑戦が必要なのか」という“意味づけ”を先に説明することで、納得して動いてもらえることが多くなります。
説明は、内容ではなく文脈が大切なのです。
その人の過去、その人の環境、その人の感じている不安や期待・・・・それらの“背景”に語りかける言葉こそが、行動を変える力を持っています。
私の説明が「わかりやすい」と言われるのは、きっと図がうまいとか、話が上手いからではありません。
「自分のために話してくれている」
そう感じてもらえるから、聞く耳を持ってもらえる。
私はそう信じています。
そして今もなお、説明のたびに思い出します。
この人はいま、どんな風景を見ているのだろう?と。
スキーマ、ラポール、認知的不協和
〜説明を科学する~
すでに述べたように、説明が伝わるかどうかは、言葉の正確さよりも“どのように受け入れられるか”に大きく左右されます。
では、その「受け入れられやすさ」は、何によって決まるのでしょうか?
ここからは、私が研修や現場指導の中で意識している心理学的・脳神経科学的な背景について、少し掘り下げてみたいと思います。
まず、相手に伝わる説明を成立させる要素の一つに「、スキーマ(schema)」があります。
スキーマとは、人が過去の経験や知識の蓄積によって形成した“理解の枠組み”のことです。
例えば、「5S」と聞いたときに、製造業の方ならすぐに整理・整頓・清掃・・・・という具体的なイメージが湧くかもしれません。
しかし、オフィス勤務の方だと「よく耳にするけどピンとこない」という反応もあるでしょう。
人は、このスキーマと一致する情報には親しみを持ちやすく、スムーズに受け入れる傾向があります。
逆に、スキーマと大きくズレている情報には、違和感を抱き、防衛的な反応を引き起こすこともあります。
次に重要なのが「ラポール(rapport)」、すなわち信頼関係です。
人は、信頼している相手の話には耳を傾けるものです。
これは心理的な親密さだけでなく、身体レベルでも関係しています。
信頼している相手と話しているとき、私たちの脳は安心を感じ、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が減少します。
つまり、思考や判断を司る前頭前野の働きが、活性化します。
その一方で、説明されている内容が自分の信念や価値観と矛盾する場合、「認知的不協和(cognitive dissonance)」という不快な状態を感じます。
これは、「自分は仕事ができる」と思っていた人に対して、「ここができていない」と指摘したときなどに起きやすく、そのままでは防衛的な反応(例:言い訳、反論)につながります。
あなたも、信念を否定されたとき、怒り感情が沸き起こったり、自分の無能さを言葉にされて自信を失った経験はありませんか?
そのため、私はこのような場面で、「否定」ではなく「気づき」を促す問いかけを使うようにしています。
たとえば、「あなたはどんなときにうまくいかないと感じますか?」とか、「ここを変えたら、何かよくなりそうな気がしませんか?」といった問いです。
これらの問いは、相手の思考を“自分の内側”から引き出すきっかけになります。
このようにして引き出された結論には、“自分で納得した”という感覚が伴います。
この状態を脳科学で説明すると、「自己決定感」や「自己生成効果」が働いているといえます。
自分で決めたこと、自分で気づいたことの方が、他人から言われたことよりもはるかに強く記憶され、行動につながりやすくなるのです。
また、説明を受け入れてもらうためには、タイミングも重要です。
脳には、「認知資源(cognitive resources)」と呼ばれる集中力のようなものがあり、それが枯渇していると、どんなに正しいことを言っても伝わりません。
疲れていたり、他の問題に気を取られていたりすると、相手はあなたの話を“雑音”として処理してしまいます。
だから私は、説明の“質”と同じくらい、説明する“場づくり”を大切にしています。
相手の気持ちが落ち着いているか、今話すべきか、問いかけに対する余白があるか・・・
その場の空気を読むことも、大切な説明技術なのです。
これらすべてを一言で表すなら、「説明とは、言葉を届けるのではなく、言葉が入っていく余白をつくること」ではないかと思います。
それでは続けて、その“余白”を潰してしまう職場——すなわち心理的安全性が確保されていない組織で、どのような問題が起きているのか、実際のケースも交えてお話ししていきます。
相手の“時代の地図”で案内するリーダー
あるとき私は、30代の中堅社員に「もう少しリスクを取ったチャレンジをしてほしい」と伝えたことがありました。
彼は一瞬うなずきましたが、目は納得していない様子でした。
翌日、彼は普段どおりの作業を続け、何も変わらない日常が戻ってきました。
私はその夜、ひとり反省しました。
「なぜ、伝わらなかったのか?」
言葉自体に問題はなかったと思います。
状況説明も論理的でした。
しかし、そこには“相手の現在地”を無視した、私自身の焦りと期待が先行していたのです。
私は再び、あの原点に戻る必要があると気づきました。
“相手の地図”を読むこと。
「年齢」と「立場」で“見えている世界”は違う
リーダーとして接してきた多くの人材を思い出すと、それぞれの年代・役割によって、物事の捉え方や感じ方が全く違うことを痛感します。
20代は「評価されたい」「失敗したくない」という気持ちが強く、行動に移す前に“正解”を求めがちです。
30代は「結果を出さなければ」「上と下に挟まれて苦しい」といった焦燥感と葛藤を抱えがちです。
40代になると、「チームを守らなければ」「誰も助けてくれない」という責任と孤独が交錯していきます。
つまり、同じ言葉でも、その人がどの“時代の地図”を持っているかで、意味がまったく違って届くのです。
メタファーは、地図を共有する道具になる
私は研修や面談で、よくメタファー(比喩)を使います。
「この仕事は、まるで一本のバトンリレーのようです」
「今の状況は、天気でいえば“曇り時々豪雨”かもしれませんね」
メタファーには、人の感情と記憶に訴える力があります。
抽象的な課題でも、具体的な感覚に変えて“共通の風景”を共有できるのです。
特に、世代や価値観が違う相手には、「同じ地図を見ている」という認識をつくるうえで、強力なツールとなります。
厳しい判断は“信頼の残高”で受け入れられる
ここで、多くのリーダーが直面するジレンマがあります。
それは、「相手の気持ちを尊重しながらも、時には彼らの意向を無視してでも判断しなければならない」という場面です。
私も何度となく、その局面を経験してきました。
たとえば、新規プロジェクトの配属で、本人の希望とは異なるポジションをお願いしたとき。
「なぜ自分なんですか」と詰められるように聞かれ、心が痛んだこともあります。
けれど、私には確信がありました。
彼の能力を最大限に発揮できる環境が、そこにあったからです。
そして私は、こう答えました。
「この決断は、君にとって簡単なものじゃないことも理解しているよ。でも、日頃の君の姿勢を見て、私はこの役割に挑戦してほしいと思った。任せたいんだ」
沈黙のあと、彼は「わかりました」と言って席を立ちました。
後から聞いたところ、彼がその配属を引き受けた背景には、日頃の対話で築いてきた信頼関係があったそうです。
これは心理学で言えば、「心理的契約」や「信頼の残高」と呼ばれる現象です。
スティーブン・R・コヴィーが提唱した“関係の残高理論”では、日々の小さな誠実な行動の積み重ねが「信頼の貯金」になるといいます。
そして、その残高があるからこそ、難しい決断も受け入れてもらえるのです。
自律性を奪わない“説明”が、納得をつくる
厳しい判断を下すとき、ただ命令口調で伝えるだけでは、相手の自律性を奪ってしまいます。
行動科学や自己決定理論では、「人は自分で決めたことに最もモチベーションを感じる」とされます。
だから私は、たとえこちらの意図を伝える場面でも、相手の考えや経験に光を当てながら、こう問いかけるようにしています。
「この状況、あなたならどう考えますか?」
「どんな進め方だったら、あなたらしくできそうですか?」
このような対話によって、相手の中に“自分で決めた”という感覚が育ちます。
たとえ最終的に選択肢が限られていたとしても、自分が参加したプロセスであれば、納得感がまるで違ってくるのです。
“説明”とは、共に歩くこと
リーダーとして、私がたどり着いた答えがあります。
それは、「説明とは、説得ではなく、共に歩くこと」であるということです。
たとえ方向性を決めるのはリーダーであっても、その道のりに寄り添う言葉をかけ続けることで、メンバーは安心して歩み出せます。
人は、孤独なときに不安になります。
だからこそ、説明は「情報」ではなく「関係」なのです。
続いては、私が大切にしている“放し飼い”という学びのスタイルについてご紹介します。
「やる気が出る」「楽しい」と言われる研修の裏にある、私の想いと仕掛けをお伝えできればと思います。
放し飼いの学び、引き出されるやる気
〜坂田流の真髄~
「坂田さんの研修って、なんだか“放し飼い”ですよね」
ある受講生にそう言われたとき、私は一瞬戸惑いました。
けれど、話を聞いているうちに、それは最大級の賛辞だと気づいたのです。
彼はこう続けました。
「最初は何をさせられるのか分からなくて戸惑いました。でも、自分で考えて、自分で気づいて、自分で動いたときに、ものすごく楽しかったんです」
私は、教えすぎない。
私は、指示しすぎない。
私は、正解を与えない。
その代わり、問いかけ、見守り、待ち、背中を押す。
これが、私の“放し飼いスタイル”です。
なぜ「放し飼い」なのか?
~科学が裏付ける“型を持たない型”~
私は、研修の「概要」や「コンテンツ」は事前に共有しますが、「タイムテーブル」や「細かなプログラム」については、あえて固定しません。
主催者から求められる場合もありますが、私はこうお答えしています。
「現場で臨機応変に対応します」
このスタイルには、私なりの確固たる理由と、科学的な裏づけがあります。
第一に、人間のワーキングメモリには、限界があるということ。
あらかじめびっしりと予定されたプログラムを詰め込むと、それだけで参加者の認知的リソースを使い果たしてしまい、学びの“本質”が入ってこなくなります。
第二に、フロー理論(完全集中状態・ポジティブ心理学に関する理論 提唱者:チクセントミハイ先生)の観点からも、臨機応変な設計は、理にかなっています。
参加者の状態やスキルレベルを見ながら、適切な難易度とチャレンジ感を保つことで、集中と没入の“フロー状態”をつくることができるのです。
第三に、構成主義に基づく考えです。
私は、学びとは「教わること」ではなく、「気づき、構築すること」だと考えています。
あらかじめ決まった順序に沿って進む講義型では、この“自分ごとの構築”が起きにくい。
だからこそ、場の動きに合わせ、問いと対話を重ねながら、意味を共に探すスタイルが合っているのです。
そして何よりも、自己決定理論において重視される「自律性」「有能感」「関係性」を満たす場づくりが、私の放し飼いスタイルの核心です。
放し飼いの現場で起きた奇跡
あるメーカーの次世代リーダー研修でのことです。
受講生たちは最初、戸惑いと不安を隠せませんでした。
「何をすればいいのか分からない」「正解が見えない」といった声も上がりました。
私はそこで、一つの問いを投げました。
「今、目の前にある“違和感”をひとつ探してください」
そこから始まったのは、ただの作業ではなく、“観察→発見→問い→対話→行動”という知的探究の旅でした。
数日後、一つのチームが、現場で起こった小さなミスのパターンに気づき、作業手順の一部を改良しました。
その改善は、現場のストップロスを200万円/年 分削減する成果につながりました。
なにより印象的だったのは、その報告をしたメンバーの表情です。
「僕ら、やればできるんですね」
その言葉に、私は胸が熱くなりました。
コンサルタントは、答えを相手に提示しますが、私のようなプロセスコンサルタント派は、相手に気付きと行動力を与えます。
やる気は、教えられない けれど引き出すことはできる
多くの組織で、「やる気を出させたい」という相談を受けます。
けれど私は、やる気を“与える”ことはできないと思っています。
できるのは、やる気が生まれる“構造”をつくることだけです。
そのために必要なのが、
自分で気づける問い
自分で動ける自由
安心して失敗できる場
見守ってくれる信頼
こうした要素が揃ったとき、人は自然と動き始めるのです。
放し飼いとは、ただ放っておくことではありません。
それは、「あなたには自分で考え、動く力があると信じているよ」という最高のリスペクトなのです。
感情を動かす“伝え方の工夫”
私は、説明や研修において、感情が自然と動き、心に残るような“伝え方の工夫”を大切にしています。
感情が動くとき、人の脳はその情報を“特別なもの”として記憶に残そうとします。
そして、その情報が「自分の体験」として感じられたとき、行動に結びつきやすくなるのです。
だから私は、説明するときに「驚き」「共感」「ユーモア」「自己開示」「ストーリー」といった、感情の奥行きを意識しています。
放し飼いの学びも、そこに感情が伴わなければ、単なる“放任”で終わってしまいます。
感情が動いたとき、人は“やらされ感”から解放され、“自分ごと”として動き出すのです。
だから私は、あなたに会いたい
このコラムを読んでくださったあなたへ。
もし少しでも、「この人と話してみたい」「うちの組織で、こんな学びを起こしてみたい」と思っていただけたなら、ぜひ一度、お話をしましょう。
私は、誰かに何かを教えたいのではありません。
誰かが、自分で“気づく瞬間”に立ち会いたいのです。
その瞬間ほど、美しく、力強いものはありません。
私は、変幻自在のナビゲーターとして、あなたの組織と人の中に眠る“未来の可能性”を、静かに、でも確かに照らしていきたいと願っています。


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国内外において、企業内外教育、自己啓発、人材活性化、コストダウン改善のサポートを数多く手がける。「その気にさせるきっかけ」を研究しながら改善ファシリテーションの概念を構築し提唱している。 特に課題解決に必要なコミュニケーション、モチベーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、解決行動活性化支援に強く、働く人の喜びを組織の成果につなげるよう活動中。 新5S思考術を用いたコンサルティングやセミナーを行い、企業支援数が190件以上及び年間延べ3,400人を越える人を対象に講演やセミナーの実績を誇る。
