指摘ゼロは、組織の強さではない|ISOを「学びと予防」に変えるLPMという考え方
指摘ゼロの、その先へ
ISOを「審査対応」で終わらせない~LPMという学習・予防型マネジメント~
「今回の審査も、大きな指摘はありませんでした」。
その報告を聞いて、少しホッとする。
ISOのマネジメントシステムに長く携わっている方なら、この感覚はよくご存じだと思います。
もちろん、指摘を受けないことが悪いわけではありません。
要求事項を理解し、仕組みを整え、日常的に適切な運用を続け、その結果として指摘がないのであれば、それは一つの成果です。
ただ、私はISOに関わってきた中で、ときどき、こんな問いが頭に浮かぶようになりました。
「指摘がないこと」と、「この組織の問題解決能力が高まったこと」は、本当に同じなのだろうか。
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審査の数週間前になると記録を確認する。
期限切れがないかを見る。
教育記録を確認する。
内部監査の指摘事項や是正処置の進捗を確認する。
現場にも「そろそろ審査ですよ」と声をかける。
そして審査が終わる。
「今年も無事に終わりました」。
ここまでは決して珍しい光景ではありません。
しかし、私が興味を持つのは、その翌日です。
審査員が帰った翌朝、現場の人は昨日までなかった小さな油染みに気づくでしょうか。
「数値は規格内ですけれど、少し傾向が変わっているように感じます」と若手社員が声を上げるでしょうか。
そして、その言葉を聞いた管理職は、「規格内なら大丈夫だよ」と答えるでしょうか。
それとも、「どこを見て、そう感じたの?」と問い返すでしょうか。
私は、ISOの本当の価値は、審査当日よりも、審査員のいない日に現れるのではないかと思っています。
「ISOでは、それは実現できない」と言われた
少し前、あるオンラインの勉強会に参加したときのことです。
私はそこで、「ISOを単なる審査対応の仕組みとしてではなく、組織が学び、問題が起きる前に先に手を打つためのマネジメントにも活かせないだろうか」という話をしました。
すると、「ISOでは、それは実現できない」と、かなりはっきり否定されました。
その瞬間、私は反論するよりも、「なぜ、そう感じるのだろう」と考えていました。
そして後になって、その意見にも一理あると思うようになりました。
ISOのマネジメントシステム規格を導入しただけで、人が主体的になるわけではありません。
認証を取得した瞬間に社員の観察力が高まるわけでもない。
要求事項を満たせば、自然に心理的安全性が生まれるわけでもありません。
ISOの認証審査そのものは、人財育成プログラムではありません。
だから私は、言葉を少し変えることにしました。
「学習・予防型ISO」ではない。
「ISOを活用した学習・予防型マネジメント」である。
この「を活用した」という部分が、とても重要です。
ISOそのものを万能視するのではありません。
ISOというマネジメントの骨格を活用しながら、その組織に「学ぶ力」「予測する力」「先に動く力」を育てていく。
私は、そこに大きな可能性を感じています。
この考え方を、私は「LPM」と呼んでみたい
この「ISOを活用した学習・予防型マネジメント」という考え方に、私は短い名前をつけてみました。
LPM――Learning & Preventive Management
学習・予防型マネジメントです。
もちろん、LPMはISOの正式な用語ではありません。
新しいISO規格をつくろうとしているわけでもありません。
QMS、EMS、OHSMS、ISMSなど、すでに組織の中に存在するマネジメントシステムを、審査への適合だけで終わらせず、組織の学習能力と予防能力を高めるためにも活用していこう。
その考え方を表すために、私はLPMという言葉を使っています。
そしてLPMには、もう一つ、覚えやすい意味を持たせました。
Learn. Predict. Move.
学ぶ。
予測する。
先に動く。
私は、この三つの言葉にLPMの本質を込めています。
何か問題が起きた。
まず直す。
それは当然必要です。
しかし、そこで終わらない。
Learn――何を学べるのか。
「なぜ起きたのだろう」
「何を見落としていたのだろう」
「そのとき、どんな判断をしていたのだろう」
「今回の改善によって、何が変わったのだろう」。
次に、
Predict――次に何が起こる可能性があるのか。
「同じことが別工程でも起きないだろうか」
「この傾向が続いたら半年後にはどうなるだろう」
「異常値ではないけれど、この小さな変化は何を意味しているのだろう」。
そして、
Move――問題になる前に動く。
現場を見に行く。
データを確認する。
声をかける。
標準を見直す。
小さく試してみる。
そして必要ならば、まだ問題になっていない段階で手を打つ。
つまり、
Learn → Predict → Move
です。
不適合を処理して終わるのではなく、不適合から学ぶ。
学んだことから未来を予測する。
そして、問題になる前に先に動く。
私は、この循環が回り始めたとき、ISO活動の景色が大きく変わるのではないかと思っています。
「指摘されたから直す」から、「指摘されなくても動く」へ
同じISO活動をしていても、人の頭の中はまったく同じではありません。
「審査で指摘されたくないからやる」という人がいます。
「指摘されると評価が下がるから、きちんとやろう」と考える人もいるでしょう。
さらに、「指摘された内容を直したら仕事がやりやすくなった。だったら、ほかにも改善できる場所があるかもしれない」と考える人がいます。
そして最後には、
「まだ問題にはなっていないけれど、この変化は少し気になる。今のうちに確認しておこう」
と動く人が現れます。
外から見れば、全員がISO活動をしています。
しかし、組織能力という視点で見ると、その中身はかなり違います。
指摘されないようにする
↓
指摘を受けたら直す
↓
指摘から学ぶ
↓
類似するリスクを探す
↓
まだ起きていない問題を予測する
↓
先に手を打つ
私は、この流れを組織の一つの成熟過程として捉えています。
最初からすべての人に「主体的に動きなさい」と求める必要はないと思っています。
人は経験し、納得し、意味を理解しながら、少しずつ行動を変えていきます。
重要なのは、指摘を受けないことだけを最終ゴールにしないことです。
指摘ゼロと、組織が強くなることは同じではない
私はここを、とても大切にしています。
指摘が減ることと、組織の問題解決能力が高まることは、必ずしも同じではありません。
例えば、審査前に書類を完璧に整えれば、指摘は減るかもしれません。
しかし、審査員がいないときに小さな異常を発見できなければ、組織の問題発見能力が高まったとは言い切れません。
内部監査のチェックリストを漏れなく確認できても、チェックリストにない違和感に気づけなければどうでしょう。
是正処置報告書をきれいに完成させても、
「なぜこの問題が起きたのか」
「同じ構造の問題がほかに潜んでいないか」
まで考えていなければどうでしょう。
力量表の「〇」が増えても、その人が以前より問いを立てられるようになったとは限りません。
ここには、規格要求事項や手順だけでは捉えきれない**「人」の問題**があります。
不適合は「失点」なのか、それとも「教材」なのか
「不適合です」。
この言葉を聞いた瞬間、会議室の空気が少し変わることがあります。
「指摘されてしまった」
「どう報告しよう」
「早く是正しなければ」。
そんな感情が先に動くことがあります。
もちろん、不適合は適切に扱わなければなりません。
ただし、組織の中で**「不適合=失点」**という意味づけだけが強くなると、別の問題が生まれる可能性があります。
人は、失点を避けようとするからです。
小さな問題を早く出すより、もう少し様子を見たくなる。
違和感を口にするより、「まだ問題ではないから」と黙りたくなる。
本来なら学習の入口になるはずの情報が、組織の表面に出にくくなることもあります。
だから私は、不適合、ヒヤリハット、顧客の声、工程異常、内部監査での気づき、現場から寄せられる小さな変化や違和感などを、単なる「処理対象」ではなく、組織が学ぶためのセンサーとして扱えないだろうかと考えています。
「誰がやった?」よりも、「何が起きていた?」
「なぜ守らなかった?」だけではなく、「そのとき、何が見えていた?」
「対策は?」だけではなく、「次に同じ兆候が現れるとしたら、どこに出ると思う?」
問いが変わると、出てくる情報が変わります。
出てくる情報が変われば、見える世界が変わります。
そして、見える世界が変われば、行動も変わっていきます。
これもLPMです。
私が言う「予防」は、昔の「予防処置」に戻る話ではない
ISOに詳しい方なら、「予防型」という言葉を見て、旧来の「予防処置」を連想されるかもしれません。
しかし、私が言っている予防は、過去の要求事項を復活させようという話ではありません。
むしろ、リスクに基づく考え方がマネジメントシステムに組み込まれている今だからこそ、私は「人の予測能力」に注目したいのです。
リスク及び機会を整理できる。
内部監査ができる。
不適合を処理できる。
是正処置ができる。
マネジメントレビューも実施している。
では、その仕組みを動かしている人はどうでしょう。
異常になる前の「変化」を捉えられるでしょうか。
数字になっていない「何となく変だ」を言葉にできるでしょうか。
過去の不適合から、「次にどこを見るべきか」と問いを立てられるでしょうか。
一つの工程で起きた出来事を見て、「これは他部署でも起きるかもしれない」と考えられるでしょうか。
そして、問題が顕在化する前に、「今のうちに見ておこう」と動けるでしょうか。
私は、これがLPMにおける「予防」だと考えています。
骨格はある。
でも、筋肉と神経は育っているだろうか
私は、人財育成や組織づくりを説明するとき、「骨格・筋肉・神経」というメタファーを使うことがあります。
ISOの規程、手順、標準、責任権限、記録、仕組み。
これは組織の骨格です。
骨格がなければ、組織は形を保てません。
では筋肉は何か。
私は、改善する行動、問題を解決する行動、変化に対応する行動だと考えています。
そして神経は、現場で交わされる対話です。
「何か変だ」。
「ちょっと聞いてください」。
「それ、どこを見てそう思った?」
「一緒に見に行こう」。
こうした対話が、現場で起きている小さな変化を組織の中に伝えていきます。
骨格だけがどれほど立派でも、筋肉が動かなければ前へ進めません。
そして神経が通っていなければ、異常そのものを感じ取ることが難しくなります。
だから私は、ときどきマネジメントシステムを見ながら考えます。
「この会社には立派な骨格がある。でも、その神経は現場の末端までつながっているだろうか?」
内部監査のチェックリストはある。
でも、監査員はチェックリストにない違和感を拾えているだろうか?。
是正処置の様式はある。
でも、対策を考える過程で十分に問いを深めているだろうか?。
力量管理の仕組みはある。
でも、「できる」の判定と、その人自身の問題解決能力の向上を同じものとして扱ってはいないだろうか?。
ここから先は、規格要求事項を知っているだけでは、なかなか見えない領域です。
QMS × LPM、EMS × LPM、OHSMS × LPM
LPMは、QMSやEMS、OHSMSに代わるものではありません。
むしろ、既存のマネジメントシステムをもっと活かすための考え方です。
QMSなら、品質不適合、工程データ、顧客の声から学び、次の品質変化を予測し、先に動く。
QMS × LPM
EMSなら、環境側面、異常、法的要求事項や社会環境の変化から学び、将来の環境リスクや機会を考え、必要な行動につなげる。
EMS × LPM
OHSMSなら、災害だけを見るのではなく、ヒヤリハット、現場から寄せられる気づき、設備や作業環境の小さな変化、作業者が感じた違和感などから学び、災害として顕在化する前に先手を打つ。
OHSMS × LPM
つまりLPMとは、新しい箱を増やすことではありません。
今ある仕組みを使いながら、人と組織の学び方を変える。
私はここに、大きな可能性を感じています。
そして今、生成AIが入ってきた
生成AIの活用について企業の方々と話す機会も増えました。
AIに内部監査報告書を書かせる。
是正処置報告書を要約させる。
過去の不適合を分類させる。
リスクを整理させる。
便利です。
間違いなく便利です。
ただ、私はここでも同じことを考えます。
便利になることと、組織の問題解決能力が高まることは同じではない。
AIに「答え」を出してもらうだけなら、仕事は速くなるかもしれません。
しかし、
「このデータの中に、まだ誰も問題だと言っていない兆候はないか?」
「過去の不適合を、これまでと違う切り口で見たら何が見えるだろう?」
「この是正処置が将来効かなくなるとしたら、どんな変化が考えられる?」
と問いを立てられる人がいれば、生成AIの意味が変わります。
AIが、人の思考を代替するだけの道具ではなく、Learn、Predict、Moveを支援する道具になっていくからです。
だから私は、生成AI時代になればなるほど、LPMの考え方は重要になっていくのではないかと思っています。
ISOに詳しい会社だからこそ、一度話をしてみたい
私の会社のお客様には、マネジメントシステム規格に非常に詳しい方が数多くいらっしゃいます。
だから私は、「ISOを一から教えます」という立場でこの話をしたいわけではありません。
むしろ、規格要求事項は十分理解している。
認証も長年維持している。
内部監査もマネジメントレビューも回っている。
仕組みも整っている。
その上で、
- 「なぜか改善活動に勢いがない」。
- 「同じような問題が、少し形を変えて繰り返される」。
- 「若手から問題提起がなかなか出てこない」。
- 「内部監査がマンネリ化している」。
- 「リスクを抽出することはできても、実際の先回り行動につながっていない」。
- 「ISO活動と人財育成が、どうも別々に走っている」。
もし、そんな小さな違和感をお持ちなら、私はぜひ一度お話を聞いてみたいと思っています。
なぜなら、そこから先は、規格知識の不足ではない可能性があるからです。
マネジメントシステムと、人の認知。
動機づけ。
対話。
心理的安全性。
観察。
問い。
問題解決。
改善行動。
そして生成AI。
それらがどこでつながり、どこで切れているのか。
私は、そこを一緒に見たいのです。
私にできること
私がやりたいのは、ISOの仕組みをさらに重くすることではありません。
帳票を増やすことでもありません。
すでにある仕組みを、もっと生きた仕組みにすることです。
内部監査を、適合確認だけではなく「問いを増やす場」に変えられないか。
是正処置を、報告書を完成させるだけではなく**「問題解決能力を育てる場」**にできないか。
5Sを、美観活動だけではなく「変化と異常を発見する訓練」にできないか。
ヒヤリハットや現場の違和感を、件数管理だけではなく「まだ顕在化していないリスクを考える材料」にできないか。
マネジメントレビューを、結果報告だけではなく「次に何が起こりそうかを経営層が考える場」にできないか。
そして生成AIを、「答えを早く出す道具」から「人の問いを深くする道具」へ変えられないか。
私は、ISOだけを見るのではなく、品質、安全衛生、改善、人財育成、心理学、行動科学、コーチング、組織開発、そして生成AIという複数のレンズを使いながら、その会社に合った次の一手を一緒に考えることができます。
そこが、私にできることだと思っています。
指摘ゼロの、その先へ
私は、ISOで人を管理したいわけではありません。
ISOという仕組みを活用して、人がもっと気づき、もっと考え、もっと対話し、もっと早く行動できる組織をつくりたい。
指摘されたから直す。
そこから一歩進んで、指摘から学ぶ。
学んだことから、次に起こることを予測する。
そして、まだ事故にも、不良にも、クレームにもなっていない段階で先に動く。
それが、
LPM――Learning & Preventive Management
そして、その行動原則は、
Learn. Predict. Move.
学ぶ。
予測する。
先に動く。
LPMは、新しい規格ではありません。
新しい帳票でもありません。
すでにあるQMS、EMS、OHSMSなどのマネジメントシステムに、学ぶ力、予測する力、先に動く力を通わせる考え方です。
骨格は、すでにある。
そこに改善という筋肉をつけ、気づきと対話という神経を通していく。
私は、それが「ISOを活用した学習・予防型マネジメント」だと考えています。
もし御社のマネジメントシステムがきちんと動いているにもかかわらず、「何かが足りない」と感じているなら、その違和感を一度聞かせてください。
最初から答えが見えている必要はありません。
- 「内部監査が何となくマンネリなんです」。
- 「是正はしているんだけれど、同じようなことを繰り返している気がする」。
- 「若手がもっと気づきを言ってくれたらと思うんです」。
- 「AIを入れ始めたけれど、本当に人は育つのかな、と」。
そんな一言からで十分です。
その「何となく」を一緒に言葉にし、仕組みと人の両側から見ていく。
そこから、次の一手が見えてくるかもしれません。
最後に、ISOに長く携わっている皆さんへ、一つだけ問いを置きたいと思います。
次の審査で何を指摘されるかではなく、次の審査までに、御社の人たちは何を学び、何を予測し、何に先手を打てるようになっていたいですか?
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国内外において、企業内外教育、自己啓発、人材活性化、コストダウン改善のサポートを数多く手がける。「その気にさせるきっかけ」を研究しながら改善ファシリテーションの概念を構築し提唱している。 特に課題解決に必要なコミュニケーション、モチベーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、解決行動活性化支援に強く、働く人の喜びを組織の成果につなげるよう活動中。 新5S思考術を用いたコンサルティングやセミナーを行い、企業支援数が190件以上及び年間延べ3,400人を越える人を対象に講演やセミナーの実績を誇る。