10年前の教材が、いまも課長を支えていた|研修の成果は「その日」では測れない
研修の成果は、10年後に現れるのかもしれない~人財育成を「その日」ではなく「その先」から設計する~
10年前の受講者が、会場に現れた
研修三日目のことでした。
いつものように会場に入り、受講者の皆さんと話をしながら、その日の研修を進めていました。
すると、一人の方が会場に来てくださいました。
お顔を見て、すぐに思い出しました。
「あっ……」。
10年ほど前、この研修を受講してくださった方でした。
久しぶりにお会いしたその方は、当時より少し落ち着いた表情をされていました。
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話を伺うと、今は課長になられたとのこと。
「そうですか。課長になられたんですね」。
それを聞いただけでも、私はうれしくなりました。
研修講師という仕事をしていると、受講された方が、その後どんな仕事をし、どんな経験を重ね、どんな人になっていったのかを知る機会は、それほど多くありません。
研修当日の反応は見ることができます。
アンケートもいただけます。
でも、その人の5年後、10年後を見ることは、なかなかできません。
だから、昔の受講者の方が元気に仕事を続け、しかも管理職になっている。
それだけでも十分にうれしい出来事でした。
ところが、その方が続けて話してくださった言葉に、私は一瞬、言葉を失いました。
「今でも、原理原則に立ち返っています」
「研修で教えていただいた、原理原則に立ち返って問題や課題に挑むこと。その大切さは、今でも忘れていません」
10年前の研修です。
さらに、その方は続けました。
「当時の教材も、まだ持っています」。
えっ?普通なら、研修が終われば教材は本棚に入り、そのうちどこに置いたのか分からなくなっても不思議ではありません。
ところが、その方は今でも教材を持っていて、ときどき見返すのだそうです。
そして、こんな言葉をいただきました。
「教材を見ると、姿勢を正すんです」。
その瞬間、胸がいっぱいになりました。
涙が出ました。
長く講師をしていますが、これは本当にうれしかった。
研修終了時に「分かりやすかったです」「勉強になりました」「明日からやってみます」と言っていただけることも、もちろんうれしい。
アンケートで高い評価をいただけば、やはりホッとします。
でも、あの日いただいた言葉は、それとはまったく違う重さを持っていました。
10年間、その人の中で学びが生き続けていた。
私はその事実を、目の前で見せてもらったのです。
研修の成果を、私たちはいつ測っているのだろう
ここで、少し考えてみてほしいのです。
企業研修の成果を、私たちはいつ測っているでしょうか。
多くの場合、研修直後です。
「内容を理解できましたか」「満足しましたか」「仕事に役立ちそうですか」。
もちろん、それらの確認には意味があります。
でも、本当に知りたいのは、そこだけなのでしょうか。
一年後、その人が問題にぶつかったとき。
三年後、後輩を持ったとき。
五年後、リーダーになったとき。
そして十年後、課長になり、部下や組織について判断しなければならなくなったとき。
そのとき、研修で学んだことがどう残っているのか。
そこまで含めて「研修の成果」と考える必要があるのではないでしょうか。
今回お会いした方は、10年前の文章を暗記していたわけではありません。
手法の名前を覚えていたことが、私を感動させたわけでもありません。
残っていたのは、「問題に直面したら、原理原則に立ち返って考える」という姿勢でした。
それは知識というより、判断軸です。
問題に遭遇したとき、「そもそも何が起きているのか」「思い込みで決めつけていないか」「事実は何か」「データは何を語っているのか」「本当にそれが原因なのか」と、自分自身に問いを向ける。
研修で渡した“答え”が残っていたのではありません。
自分で答えを探すための姿勢が残っていた。
私は、ここに人財育成の本質の一つがあると思っています。
なぜ、「課長になっていたこと」がこれほど重要なのか
今回の出来事には、もう一つ大きな意味があります。
その方が、現在課長になっていたことです。
もし10年前と同じ役割をされていたとしても、私は十分うれしかったと思います。
しかし、管理職になっていたことで、この話の意味は一段深くなりました。
人は、同じ役割のまま10年間働くとは限りません。
若手が中堅になります。
後輩を持ちます。
リーダーになります。
係長になります。
課長になります。
さらに部長や経営層になる人もいます。
役割が変われば、見なければならない景色も変わります。
若手の頃であれば、「自分が正確に仕事をする」「自分が問題を解決する」ことが重要だったかもしれません。
ところが管理職になれば、そうはいきません。
自分一人が問題を解けても、組織は強くならない。
部下が考えられるようにする。チームが学べるようにする。
異なる意見をまとめる。再発を防ぐ仕組みをつくる。
時には十分な情報がない中でも決断する。
そして、その決断に責任を持つ。
求められる能力そのものが変わります。
だから私は、人財育成を考えるとき、「現在の仕事ができるようになること」だけをゴールにしてはいけないと思っています。
今の仕事で成果を出す力。
次の役割を担う力。
そして、さらに役割が変わったときに、自分自身を学び直す力。
この三つを同時に育てていく必要があります。
「AIを使う管理職/AIに使われる管理職」と、ここでつながる
この話は、以前から私が考えてきた「AIを使う管理職/AIに使われる管理職」というテーマともつながっています。
生成AIを使えるかどうかだけなら、操作方法を覚えればいいのかもしれません。
でも、管理職に本当に必要なのはそこではありません。
私は以前から、「AIに何をさせるかを考える前に、AIを使うあなた自身は何者なのかを考える必要がある」とお話ししています。
管理職として何を達成するのか。
何を守るのか。
何を守らせるのか。
何を部下に任せるのか。
どこまでが自分の権限で、どこから先に説明責任があるのか。
ここが曖昧なままAIだけ導入しても、管理そのものが強くなるわけではありません。
今回、10年前の受講者の方が課長になり、それでも原理原則を大切にしていた姿を見て、私はあらためて感じました。
技術が変わっても、立場が変わっても、判断の根っこになるものがある。
そこを育てることが、人財育成なのではないか。
AIの答えをそのまま使う管理職ではなく、「なぜ?」「本当に?」「この前提は正しい?」「現場ではどうなっている?」と問い返せる管理職。
生成AI時代だからこそ、10年前から変わらない「原理原則に立ち返る」という姿勢が、むしろ重要になっているのです。
答えが早く手に入る時代ほど、「問う力」が問われる
私は、人財育成の中で「学習力」と同じくらい、「問う力」を大切にしています。
生成AIは、かなり速く答えを出してくれます。
文章を書いてくれる。
資料もつくる。
分析もする。
仮説も出す。
場合によっては、以前なら何時間もかかった仕事が数分で終わります。
便利です。
私自身も使っています。
しかし、ここで以前のコラムでも繰り返し取り上げてきた、ある問題につながります。
便利になることと、組織の問題解決能力が高まることは同じではない。
これは、私がこれからの人財育成を考えるうえで、とても重要だと思っている言葉です。
答えが早く得られるようになるほど、人は「考えた気」になりやすい。
AIに「原因を分析してください」と入力する。
AIがもっともらしい原因を並べる。
それをPowerPointに貼りつける。
仕事は早く終わるでしょう。
でも、その原因は本当に現場で起きているのでしょうか。
現物を見たのでしょうか。
データを確かめたのでしょうか。
前提条件は合っているのでしょうか。
違う仮説は考えたのでしょうか。
AIに答えてもらう前に、「何を問うべきなのか」を考えたのでしょうか。
そこで必要になるのが、問う力です。
問いは、役職が上がるほど大きくならなければならない
問う力は、単に質問が上手になることではありません。
私は、役職が上がるほど、問いの範囲と時間軸が広がっていくものだと思っています。
例えば、設備に不具合が起きた。
若手なら「なぜ、この現象が起きたのか?」と問う。
リーダーになれば「みんなは、この現象をどう見ている?」と問う。
管理職になれば「なぜ、同じような問題がこの組織で繰り返されるのか?」と問う。
そして経営を担う立場なら、「この判断は、5年後、10年後の組織に何を残すのか?」と問う。
対象が、自分からチームへ。
チームから組織へ。
時間軸が、今日から一年後へ。
一年後から十年後へ。
これが、役割の発達とともに起こってほしい問いの変化です。
だから、人財育成も一回の研修で完結させるのではなく、役割の変化とともに問いそのものが成長していくように設計する必要があるのではないでしょうか。
「若手が挑戦しない」と嘆く前に、管理職の問いを見直す
ここは、以前考えてきた「若手が挑戦しない会社は誰がつくったのか」というテーマともつながっています。
「最近の若手は挑戦しない」「自分から動かない」「指示待ちだ」。そんな言葉を聞くことがあります。
でも私は、そこで一度問いを反転させたくなります。
若手が挑戦できない環境を、私たち大人や管理職がつくってはいないだろうか。
失敗したら叱られる。
質問すると「そんなことも分からないのか」と言われる。
考えて提案しても「前例がない」と退けられる。
上司がすぐに正解を教える。
その環境の中で、「もっと自分で考えろ」と言われても難しい。
だからこそ、管理職には答えを与える力だけでなく、問いを返す力が必要になります。
「君はどう思う?」「何を見てそう考えた?」「ほかの可能性は?」「もし条件が変わったら?」「次に何を確かめる?」。
そうやって部下の思考を動かす。
今回の10年前の受講者の方が、今は課長です。
もし、その方が「原理原則に立ち返る」姿勢を部下にも伝えているとしたらどうでしょう。
10年前の研修は、その方一人で終わっていないことになります。
次の世代へと広がっていく。
ここに、人財育成の時間的な広がりがあります。
QC七つ道具も、「知っている」ではなく「問いを持つため」に使う
これも、私がDX時代の人財育成やQC七つ道具について考えてきたテーマとつながります。
私は、生成AIやDXが進む時代だからこそ、QC七つ道具のような基本的な問題解決手法は、むしろ重要になると思っています。
ただし、グラフが描ける、パレート図が作れる、特性要因図を知っている、という意味ではありません。
データを見て、「ん?」と感じられること。
その違和感を言葉にできること。
「なぜ、ここだけ違うのだろう?」「このばらつきは何を意味している?」「平均値だけを見ていていいのだろうか?」と問いを立てられること。
そして、現場へ戻り、自分の目で確かめること。
つまりQC七つ道具は、答えを出してくれる道具というより、問いを生み出すための道具として使うことができる。
DXによってデータが自動で集まり、AIが瞬時にグラフを描いてくれるようになったとしても、違和感に気づき、「この数字は何を意味している?」と問えなければ、その情報は生かせません。
今回の研修でも、受講者の方から「今まで測って書いていた数字の意味が分かった」という言葉をいただきました。
私は、この言葉も非常に重要だと思っています。
数字を記録することと、数字を読むことは違う。数字を読むことと、その数字から問いを立てることも違う。
ここにも、これから必要になる人財育成のヒントがあります。
「わかった」で終わった瞬間、学びは止まる
私は人財育成で、「分かりました」という言葉をゴールにしたくありません。
もちろん、「分かった」は大切です。
でも、「分かった」から「やってみよう」へ。
「やってみた」から「思ったようにいかなかった」へ。
そして「なぜだろう?」と再び考える。
この循環が始まったとき、学習は動き出します。
これまで人財育成について考えてきた中でも、私は「わかった」を「私がやる」に変えることを大切にしてきました。
自覚する。
行動する。
振り返る。
また考える。
そして、もう一度挑戦する。
今回の研修でも、それを感じる出来事がありました。
「相手の対話のスタイルに合わせることを、家族の中でやってみたら、とても喜ばれました」という声をいただいたのです。
私は、こういう言葉を聞くとうれしくなります。
研修会場で「理解した」のではなく、日常に持ち帰って試したからです。
そして相手の反応を見た。
そこから、新しい学びが生まれた。
これこそ、学習力だと思います。
成人発達の視点で見ると、「何を知っているか」だけでは足りない
人の成長を考えるとき、成人発達の視点も重要です。
人は、年齢が上がれば自動的に大人としての思考が深まるわけではありません。
経験年数が増えれば、自動的に管理職として成熟するわけでもありません。
大切なのは、経験をどう意味づけるかです。
自分が正しいと思っていた前提を、一度外から眺めてみる。
他者から見たら、どう見えるのか。
これまで成功してきた方法が、今の役割でも本当に通用するのか。
自分自身の考え方を、自分で問い直す。
これは、私が研修で大切にしているメタ認知とも重なります。
例えば、プレイヤーとして優秀だった人が課長になったとき、「自分がやった方が早い」という成功体験を持ち続けていたらどうなるでしょう。
自分でやってしまう。
部下が育たない。
さらに忙しくなる。
もっと自分でやる。
この循環に入り込むことがあります。
そこで必要なのは、新しい管理手法を一つ覚えることだけではありません。
「これまで自分を成功させてきた考え方を、今の役割でも持ち続けていいのか?」
と、自分自身に問えることです。
これもまた、問う力です。
だから、昇進・昇格を人財育成の設計図に入れる
この視点に立つと、人財育成は「階層別研修を何年目に実施するか」というスケジュール管理だけでは足りなくなります。
若手のときに、何を判断軸として持ってほしいのか。
リーダーになったら、何を手放し、何を新しく身につけてほしいのか。
管理職になったら、問いの対象をどこまで広げてほしいのか。
部長になったら、どのくらい先の時間軸で考えてほしいのか。
そうした役割転換まで含めた成長の設計図が必要になります。
人事の皆さんに、ここで一つ問いを置いてみたいと思います。
御社の若手研修を受けた人が10年後に課長になったとき、その研修で学んだ何が残っていてほしいでしょうか。
知識でしょうか。
手法でしょうか。
ルールでしょうか。
もちろん、それらも必要でしょう。
でも私はそれ以上に、原理原則に戻る習慣、事実を見る姿勢、違和感に気づく力、問いを立てる力、人の話を聴く姿勢、学び直す力、部下に考えさせる力、自分自身の前提を疑う力。
そんなものが残っていてほしいと思っています。
この問いを置くだけで、研修の設計はかなり変わるはずです。
研修の「出口」からではなく、10年後から逆算してみる
普通、研修をつくるときには、「研修終了時に何ができるようになっているか」を考えます。
もちろん必要です。
でも、一度だけ視点を反対側へ移してみてはどうでしょう。
10年後から、今の研修を見る。
10年後、課長として部下を育てている。
その人が問題に直面している。
簡単には答えが出ない。
AIに聞けば、それらしい答えはいくつも出てくる。
でも、その人はすぐに飛びつかない。
現場を見る。
データを見る。
前提を確認する。
部下の意見を聴く。
そして、「そもそも何が問題なのだろう?」と問い直す。
もし、そんな管理職を10年後につくりたいのであれば、今日の研修で何を経験させるべきでしょう。
ここから逆算するのです。
そうすると、人財育成の目的が「知識を伝えること」から、「学び続ける人を育てること」へ変わっていきます。
人財育成は、苗木を植える仕事に似ている
私は、人財育成を苗木を植える仕事に少し似ていると思っています。
苗木を植えた翌日に、「まだ大木になっていない」と言っても意味がありません。
地面の下では、根が伸びています。
外からは見えません。
雨の日もあります。
強い風が吹く日もあります。
枝が折れることもあるでしょう。
でも、根がしっかり張っていれば、また伸びる。
そして10年後、その木の下で、新しい苗木が育っているかもしれません。
今回お会いした課長さんを見ていて、私はそんな景色を想像しました。
10年前、私がその方に渡したものは、立派な完成品ではなかったのかもしれません。
「問題に迷ったら、原理原則に戻ってください」。
そんな一本の小さな支柱だったのかもしれない。
そこから10年間、その方自身が経験し、悩み、失敗し、考え、学び続けてきた。
そして今、課長になった。
今度は、その方が若い人のそばに立つ番です。
一本の木が育っただけではない。
その木が、次の木を育て始める。
そう考えると、人財育成は、とてつもなく時間の長い仕事です。
人事の仕事は、「研修を開催すること」から変わっていく
だから私は、人事や人財育成部門の役割も、これから少しずつ変わっていくのではないかと思っています。
研修を企画する。
講師を決める。
参加者を集める。
実施する。
アンケートを取る。
もちろん、これらも必要です。
しかし、それだけではなく、人が10年かけて成長していく学習環境を設計する。
そんな役割が、より重要になっていく。
どんな経験をさせるのか。どんな問いを持たせるのか。
どこで振り返らせるのか。
次の役割へ移るときに、何を学び直すのか。
どんな上司との対話が必要なのか。
失敗したとき、そこからどう学ばせるのか。
生成AIやDXをどこで使い、どこでは人間自身に考えさせるのか。
そうしたものを、バラバラの研修ではなく、一つの成長のストーリーとして設計する。
私は、そこにこれからの人財育成の可能性があると思っています。
私は、「答えを渡す人」ではなく、一緒に地図を広げる人でありたい
私は、そのお手伝いができます。
ただし、完成した研修パッケージを持っていって、「これをやれば人が育ちます」と言うような仕事をしたいわけではありません。
会社によって、歴史も違う。
文化も違う。
働いている人も違う。
抱えている問題も違う。
目指す姿も違う。
だから、まず一緒に考えたいのです。
10年後、どんな人財が活躍していてほしいのか。
その人たちは、どんな問いを立てていてほしいのか。
どんな判断をしていてほしいのか。
どんな部下を育てていてほしいのか。
そこから現在地を見る。
私は以前から、「地図は現地ではない」という考えを大切にしています。立派な研修体系図があっても、現場で人が育っていなければ意味がありません。だから、現地を見る。人と話す。現象を見る。そして地図を描き直す。
人財育成を山登りに例えるなら、私は誰かを頂上まで背負って連れていく人ではありません。「この山に登りなさい」と勝手に決める人でもありません。どの山を目指すのかを一緒に考える。現在地を確認する。地図を広げる。「この道は近く見えるけれど、途中に崖がありますね」「こちらは少し遠回りですが、若手が経験を積めそうです」。そんな対話をしながら道を考える。迷ったら、コンパスを見る。そのコンパスの一つが、原理原則です。
そして最終的には、私がいなくても、その組織の人たち自身が地図を描き、道を選び、次の世代を案内できるようになる。そこまでいったら、本当の意味で人財育成が組織の中に根づいたと言えるのではないでしょうか。
これまで書いてきたことは、実は一つにつながっていた
振り返ってみると、私はこれまでいろいろなテーマで書いてきました。
生成AIについて。
DXについて。
問い力について。
若手育成について。
管理職について。
QC七つ道具について。
問題解決について。
心理的安全性について。
一見すると、別々のテーマに見えるかもしれません。
でも、今回10年前の受講者の方と再会して、私自身、あらためて気づいたことがあります。全部、同じところにつながっている。
人は、自分で考え続けられるか。
という問いです。
生成AIも、そのために使う。
DXも、そのために使う。
QC七つ道具も、そのために使う。
対話も、そのために行う。
管理職も、部下から考える機会を奪うのではなく、その力を育てる。
人財育成は、答えを大量に与える仕事ではない。
その人が、答えのない状況でも考え続けられるようにする仕事なのだと思います。
10年前の教材が、いまもその人を支えていた
あの日、10年前の受講者の方から、「教材を見ると、姿勢を正すんです」と聞いたとき、私は涙が出ました。
でも今振り返ると、あの涙は単なる懐かしさや、講師として褒めていただいた喜びだけではなかったのだと思います。
「ああ、人財育成って、本当に10年後につながっているんだ」
それを、目の前の一人の人が証明してくれた。
しかも、その人はいま課長として、次の人たちを育てる立場にいる。
研修の成果は、その日の満足度だけでは測れない。
10年後、その人がどんな問いを立てているか。
どんな判断をしているか。
どんな部下を育てているか。
困ったとき、何に立ち返っているか。そこまで想像して、人財育成を設計する。
あなたの会社の研修は、10年後に何を残しますか?
最後に、人事や人財育成を担当されている皆さんに、もう一度問いを置きたいと思います。
今、皆さんが行っている研修を受けた人が、10年後、管理職になったとします。
そのとき、その人に何が残っていてほしいでしょうか。
研修で使った用語でしょうか。
テストで正解した知識でしょうか。
覚えた手法でしょうか。
それとも、迷ったときに原理原則へ戻る力。
現場の小さな違和感に気づく力。
「なぜ?」と問いを立てる力。
自分の考えを疑う力。
他者と対話する力。
失敗から学び直す力。
部下に答えを教えるのではなく、考えさせる力。
AIから答えをもらって終わるのではなく、その答えに問いを返せる力。
もし後者を残したいのであれば、研修のつくり方はきっと変わります。
研修のゴールを、研修最終日に置かない。
10年後に置く。
そして、その未来から現在へ向かって、学びを逆算してみる。
10年後、その人たちが組織を支え、次の世代を育てている。
そんな景色を想像しながら、今日の研修を設計する。
私は、そんな人財育成を、企業の皆さんと一緒につくっていきたいと思っています。
そしていつか10年後、成長したその人たちと再会して、
「あのとき、この学びを始めてよかったですね」
そう笑えたら。
人財育成に携わる者として、これ以上うれしいことはないと思うのです。
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国内外において、企業内外教育、自己啓発、人材活性化、コストダウン改善のサポートを数多く手がける。「その気にさせるきっかけ」を研究しながら改善ファシリテーションの概念を構築し提唱している。 特に課題解決に必要なコミュニケーション、モチベーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、解決行動活性化支援に強く、働く人の喜びを組織の成果につなげるよう活動中。 新5S思考術を用いたコンサルティングやセミナーを行い、企業支援数が190件以上及び年間延べ3,400人を越える人を対象に講演やセミナーの実績を誇る。