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正しい言葉ほど、組織から問いを奪う|「正論」で終わらせない管理職の問いの力

目次

正しい言葉ほど、組織から問いを奪う

―「効率化のため」という正論が、心理的安全性とエンゲージメントを下げるとき

「効率化のためです」と言われたら、あなたは何と答えますか?

「今回の変更は、効率化のためです」
「コストダウンのために、この方法へ変更します」
「お客様満足を高めるためです」
「安全のために必要なルールです」
「これは会社方針です」
「地球環境のためです」
「SDGsのためです」
「これからはDXを進めなければなりません」。

会社の中で仕事をしていると、こうした言葉を耳にする機会は少なくありません。
そして、どの言葉も決して間違ってはいません。
コストダウンも必要でしょう。
効率化も必要です。
顧客満足も、安全も、品質も、地球環境も大切です。
会社の将来を真剣に考えている人ほど、こうした言葉を使うのではないでしょうか。

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では、少しだけ自分の職場を思い浮かべてみてください。
会議で新しい仕組みが説明され、最後に上司から「これは効率化のためです」と言われた。
そのとき、あなたの頭の中に小さな違和感が浮かんだことはありませんか。
「確かに、この部署の仕事は減る。でも、その分、こちらの仕事が増えるんじゃないか」
「この入力をなくしたら、後で確認する人が大変になるぞ」
「お客様のためと言うけれど、本当にお客様はそこまで求めているのかな」。
そんなことが一瞬頭をよぎる。
でも、周囲を見ると誰も何も言わない。
会議も次の議題へ進もうとしている。
「まあ、効率化のためと言っているんだから……」。
そう考えて、あなたも黙った。

もし少しでも心当たりがあるなら、今回の話は、決して「どこかの会社の話」ではないかもしれません。
私は最近、さまざまな組織や現場を見てきた経験を振り返りながら、こんなことを考えるようになりました。

正しい言葉ほど、組織から問いを奪ってしまうことがあるのではないか。

問題なのは「効率化」という言葉ではありません。
「安全」でも「顧客満足」でもありません。
問題は、本来なら目的を示すために使われるはずの正しい言葉が、いつの間にか「これ以上は考えなくてもよい」という決め台詞になってしまうことです。
しかも厄介なのは、言った本人には、人を黙らせる意図などほとんどないことです。

TPSを学んでいた頃に聞いた、忘れられない言葉

私は以前、TPS(トヨタ生産方式)について学んだことがあります。
その頃、改善について学ぶ中で、私はこんな趣旨の言葉を何度も耳にしました。

「ボトルネックが移動しただけの改善は、改悪だ。」

細かな言い回しは違っていたかもしれません。
しかし、この考え方は私の中に強く残っています。
ある工程を改善して、その工程の作業時間が10分短くなった。
担当者からすれば立派な成果です。
ところが、その影響で次の工程に確認作業が15分増えていたとしたらどうでしょう。
改善した工程だけを見れば「10分削減」ですが、全体を通して見れば5分増えている。
これを本当に改善と呼んでよいのでしょうか。

私はこういう状態を見ると、最近こんな表現をしたくなります。
ムダがなくなったのではない。ムダの住所が変わっただけではないか。
営業部門の入力項目を減らした結果、事務部門から確認の電話が増えた。
購買価格を下げた結果、製造現場で選別や調整が増えた。
ペーパーレス化した結果、複数の画面を開きながら同じ情報を二重入力するようになった。
顧客満足を高めるためにサービスを増やした結果、現場の残業が増えた。
もちろん、こうした施策がすべて悪いという話ではありません。
私が問いかけたいのは、「改善した場所だけを見て、改善したと判断してはいないだろうか」ということです。

生産管理の世界には、システム全体の成果を制約する部分に着目するTOC(Theory of Constraints:制約理論)という考え方もあります。
TOCでは、個々の工程をそれぞれ最大化することより、システム全体の流れや制約を見ることが重視されます。
制約が解消されれば次の制約が現れることもあるため、再びシステム全体を見直していきます。
つまり、「あの工程が速くなった」という局所的な成果と、「会社全体の流れが良くなった」という成果は、必ずしも同じではありません。

ところが、ここからが私が今回もっと考えたいところです。
会社全体を見ればおかしいことに、現場の誰かはすでに気づいていることがあります。
「あの変更で、こちらの仕事が増えていますよ」
「このやり方では、後工程で手戻りが出ますよ」と。
しかし、その情報が会議に上がってこない。
ボトルネックは工程だけではなく、情報の流れの中にもできるのではないか。
そして、その情報のボトルネックをつくっているものが、設備でもシステムでもなく、私たちが何気なく使っている「正しい言葉」だとしたらどうでしょう。

伝えた人には善意がある。それでも、人は黙る

ここで「効率化のためです」と言った管理職の側に立って考えてみたいと思います。
おそらく、その人は部下を黙らせようとはしていません。
「会社を少しでも良くしたい」
「みんなの仕事を楽にしたい」
「競争力を高めたい」。
そんな意図があって、なぜこの施策を行うのかを丁寧に説明したつもりなのでしょう。
むしろ、「目的を説明しないで指示だけ出すのはよくない」と考え、「これは効率化のためなんですよ」と理由まで説明しているのかもしれません。

ところが、受け取る側では、その言葉が別の意味に変換されることがあります。
「効率化のためです」が、「もう決まっています」に聞こえる。
「会社方針です」が、「これ以上、意見はいりません」に聞こえる。
「顧客満足のためです」が、「これに反対したら、お客様を大切にしない人になりますよ」に聞こえる。
「安全のためです」が、「安全に反対する人なんていませんよね」に聞こえる。
伝え手が発した言葉と、受け手の頭の中でつくられた意味は、必ずしも同じではありません。

しかも受け手は、その場の言葉だけを材料にして解釈するわけではありません。
過去の経験も使います。
以前、会議で問題点を指摘したら「もう決まったことだから」と退けられた。
改善提案を出したのに、その後どうなったのか何の返事もなかった。
上司と違う意見を言った同僚が、その場で不機嫌な顔をされた。
そんな経験が積み重なっていれば、今目の前の上司が穏やかな口調で「効率化のためです」と言っただけでも、「今回は黙っておいた方がいいな」と判断する可能性があります。

ここに、私は組織コミュニケーションの難しさがあると思っています。
伝え手の「意図」と、受け手の「解釈」と、その結果として起きる「行動」は別のものなのです。
「私はそんなつもりで言っていない」は、伝え手の意図としては本当でしょう。
しかし、マネジメントで本当に見なければならないのは、自分が何を意図したかだけではなく、その言葉を受けた相手に何が起き、その後どんな行動が生まれたかではないでしょうか。

心理的安全性とは、「正しいことにも問い返せる状態」ではないか

ここで心理的安全性という考え方がつながってきます。
心理的安全性というと、「仲の良い職場」「優しい上司」「何でも好きなことを言える職場」と理解されることがあります。
しかし、Amy Edmondsonの研究で示された心理的安全性は、チームの中で対人的なリスクを取っても安全だという共通認識を指し、学習行動との関連が示されています。

現場の言葉に置き換えると、私は心理的安全性の一つの姿を、「ちょっと待ってください。それ、本当にそうでしょうか?」と言えることだと考えています。
「効率化が必要なのは分かります。でも、この方法だと後工程の仕事が増えませんか」
「安全のためのルールなのは分かります。ただ、この作業では逆にやりにくくなりませんか」
「お客様のためという目的には賛成です。でも、実際にお客様が求めているのは別のことではないでしょうか」。
目的そのものを否定するのではなく、目的を達成する方法について問い直す。
その問いを出しても、「面倒な人だ」「反抗的だ」と思われない。
むしろ「それは大事な情報だ」と受け止められる。
そんな状態です。

Employee Voice、つまり社員が改善のための意見や懸念を声にする行動についての研究でも、管理職のオープンな姿勢と部下の発言行動との関係が示されています。
Dある研究では、上司の「意見を受け入れる姿勢」と部下の改善志向の発言との関係に、心理的安全性がかかわることが報告されています。
つまり、人は単に「意見を持っているかどうか」だけで発言しているのではありません。
「この人に言って大丈夫だろうか」も見ているということです。

ここまで考えると、心理的安全性は「優しく接しましょう」という話ではなくなります。
むしろ会社が欲しいはずの異常、違和感、失敗、異論といった情報を、途中で止めずに意思決定者まで流すための条件とも考えられます。
現場で異常を見える化することが重要なら、人や組織の中でも「おかしいと思った人が、それを言葉にできること」は重要なはずです。

「意見を言っていいよ」と言っただけでは、なぜ話してくれないのか

「私は、部下には何でも言っていいと言っています」。
管理職の方から、そんな話を聞くことがあります。
おそらく本心でしょう。
それでも、会議ではなかなか意見が出ない。
「最近の若い社員は、もう少し自分から意見を言ってくれるといいんだけどな」。
そう感じている方もいるかもしれません。

では、少し立場を入れ替えてみましょう。
あなたが部下だとします。
上司から「何でも言っていいよ」と言われたので、考えて意見を出しました。
ところが、その意見について何の反応もない。
採用されたのか、不採用なのか、その理由すら分からない。
次の会議でも勇気を出して言ってみた。
しかし「それは現実的じゃないね」で終わった。
さらに別の機会で提案すると、「会社方針だから仕方ない」と言われた。

さて、四回目の会議でも、同じように意見を言うでしょうか。

もしかすると、あなたは黙ることを選ぶかもしれません。
それは主体性がないからでしょうか。
私は、そう単純ではないと思います。
むしろその人は、組織の中で学んだのかもしれません。
「ここでは、考えて言ってもあまり意味がない」と。
だとしたら、「なぜ意見を言わないのか」と部下に問う前に、「私たちは、意見を言う意味を感じてもらえる反応をしていただろうか」と自分たちに問う必要があります。

ここで、少し怖いことが起こります。
最初は現場の変化によく気づき、「ここ、おかしくないですか」と言っていた社員が、いつの間にか言わなくなる。
異常に気づく能力がなくなったわけではありません。
意見がなくなったわけでもありません。
気づいている。でも、言わない。
 組織から見ると、この違いは外からほとんど見えません。

問いを奪ったあとで、「もっと主体的に」と言ってはいないだろうか

組織では、「主体性のある社員を育てたい」「指示待ちではなく、自律的に動く人財を育てたい」という言葉もよく聞きます。
私自身、人財育成では「わかった」を「私がやる」に変えることを大切にしています。
だからこそ、ここには少し矛盾があるように感じます。

日常の中で「これは会社方針だから」「もう決まったことだから」「効率化のためだから」「お客様のためだから」と社員が考える余地を閉じながら、
研修になると「自分で考えて行動しましょう」と伝えてはいないでしょうか。
普段は「ここでは考えなくてもいい」「決められたことをやればいい」と学習させておきながら、突然「主体性を発揮しなさい」と言われても、人は簡単には切り替えられません。

人間の動機づけを説明する代表的な心理学理論の一つに、自己決定理論があります。
そこでは、自律性、有能感、関係性という基本的な心理的欲求が重視され、それらを支える社会的環境が、より自律的な動機づけやエンゲージメントを支えると考えられています。
もちろん、会社ですから何でも社員の好きなように決めればよいという意味ではありません。
経営方針も法的要求も安全上の条件もあります。
大切なのは、「何が決まっていて、何については自分たちで考えられるのか」を分けて伝えることです。

「会社として、この方向へ進むことは決まっています。ただし、現場でどう実現するかについては、皆さんの知恵を借りたい」。
こう伝えれば、変えられない条件は明確にしながら、考える余白を残せます。
人が「私もこの仕事に関わっている」と感じるためには、全部を自分で決められる必要はありません。
しかし、自分の経験や知識を使える場所が一つもない状態と、方法について意見を出せる状態では、仕事の感じ方はかなり違うはずです。

「正論を言われると脳が停止する」とは、私は言いたくない

心理や脳の話をすると、「否定されると扁桃体が反応して脳が停止する」「危険を感じた瞬間に思考できなくなる」といった説明を目にすることがあります。
しかし私は、そこまで単純な説明にはしたくありません。
人間の脳も行動も、そんな一つの部位だけで説明できるほど単純ではないからです。

ただし、ストレスと認知機能の関係については研究があります。
急性ストレスに関するメタ分析では、ストレスがワーキングメモリーや認知的柔軟性などの実行機能に影響することが示されています。
慢性的なストレスについても、目標に沿って考えたり、注意を調整したり、状況に応じて考え方を切り替えたりする実行機能への影響が研究されています。
もちろん個人差や状況差がありますから、「上司に強く言われたら誰でも思考停止する」と単純化することはできません。

それでも、現場を想像すれば分かりやすいと思います。
部長、課長、ベテラン社員が並んでいる会議室で、上司が強い口調で「これは会社方針です。効率化のために絶対必要です」と言った直後、「では自由に意見を言ってください」と言われたとします。
その瞬間に、自分の頭の中にある違和感を整理し、前工程と後工程への影響を比較し、相手の意見に反する代替案を論理的に説明できる人ばかりでしょうか。
私はそうは思いません。

だから、管理職の伝え方は単なる「言葉遣い」の問題ではないのです。
相手が考えられる状態をつくることも、マネジメントの一部なのだと思います。

正論は、少しずつ「私がやる」を「言われたからやる」に変えていく

一度「会社方針だから」と言われただけで、社員のエンゲージメントが急に下がるわけではないでしょう。
怖いのは、小さな経験が積み重なることです。
最初は違和感に気づいた。
「言った方がいい」と思って発言した。
でも、聞いてもらえなかった。
次にも気づいた。
もう一度言った。
「それはもう決まっています」と言われた。
三回目に気づいたとき、少し迷った。
そして、「まあいいか」と黙ってみた。
すると、別に自分は困らなかった。
それどころか、黙っていた方が面倒なことも起きなかった。

こうして、「気づいたら言う人」が、少しずつ「言われたことをやる人」へ変わっていく可能性があります。
最初は「自分の経験を役立てたい」と思っていた人が、「私が考えても変わらない」と感じるようになり、やがて「決めた人が責任を取ればいい」と考えるようになる。
本人の能力が下がったわけでも、性格が突然変わったわけでもありません。
組織との関係が変わったのです。

私はここに、心理的安全性とエンゲージメントのつながりを見ることができます。
もちろんエンゲージメントは、待遇、仕事の内容、上司との関係、成長実感など多くの要因の影響を受けますから、一つのコミュニケーションだけで説明することはできません。
それでも、「自分の考えや経験が、この会社の仕事に生かされている」という感覚が何度も失われることが、働く人の当事者意識を高める方向に働くとは考えにくいでしょう。

私はこの流れを、こう捉えています。

問いを奪うことが、発言を奪う。
発言する意味を感じられなくなることが、当事者意識を少しずつ奪う。
そして「私がやる」が、「言われたからやる」に変わっていく。

もし「最近、部下があまり意見を言わなくなった」
「以前ほど改善提案が出なくなった」
と感じている管理職の方がいたら、その原因を社員の主体性だけに求める前に、一度だけ自分たちの言葉を振り返ってみてもいいのではないでしょうか。

では、正しいことを言ってはいけないのか

ここまで読んで、「では『効率化のためです』と言ってはいけないのですか」と思われた方もいるでしょう。
私は、むしろ言った方がよいと思います。
何のために仕事を変えるのか、目的を伝えることは重要です。
「とにかく決まったからやってください」より、「会社として効率化したい」と理由を伝える方がよいでしょう。

変える必要があるのは、正論そのものではありません。
正論の後ろに置く言葉です。

「効率化のため、この方法に変更します」で終われば、結論として聞こえるかもしれません。
では、「目的は効率化です。ただ、この方法が本当に全体を良くするかは確認したいと思っています。前工程や後工程で仕事が増えそうなところはありませんか」と続けたらどうでしょう。
同じ「効率化」という言葉を使っています。
しかし、前者では正論が話を閉じ、後者では正論が話を開いています。

私はここに、管理職が明日からでも使える「伝え方の型」があると思っています。

正論を、問いに変える五つの伝え方

■人材育成・組織開発コラム一覧

一つ目は、「目的+余白」です。
「効率化のためです」と結論にするのではなく、
「目的は効率化です。ただ、この方法が最善かどうかは、皆さんと考えたい」と伝える。
目的はぶらさない。
しかし、方法まで唯一の正解にはしない。
この小さな余白が、「意見を出してもいい」というメッセージになります。

二つ目は、「目的+副作用を探す問い」です。
「コストダウンを進めます」で終わらず、「コストダウンを進めたいと思います。
ただ、別の部署にコストや作業が移る可能性はありませんか」と聞く。
改善した部署だけではなく、前工程、自工程、後工程を通して見る。
作業時間だけでなく、待ち、手戻り、確認、運搬、在庫、精神的な負荷など、別の場所で増えたものはないかを見る。
これはコミュニケーションの技術であると同時に、全体最適を考えるための問いです。

三つ目は、「決まっていること+考えられること」です。
「会社方針だから」で終わらず、「会社としてこの方向へ進むことは決まっています。
ただ、どう実現するかは、まだ工夫できます」と伝える。
人は、すべてを自由に決めたいわけではありません。
むしろ変えられない条件が分からないまま議論する方が疲れます。
大切なのは、境界線を明らかにすることです。
「目的は決まっている。しかし手段は考えられる」。
この一言によって、指示された仕事の中にも当事者として関われる場所が生まれます。

四つ目は、「正論+反証を歓迎する問い」です。
「安全のため、このルールを導入します」と言ったあと、「このルールを導入することで、逆に危なくなる場面はありませんか」と聞く。
「この案に賛成ですか」と聞くのではありません。
むしろ、うまくいかない条件を探してもらうのです。
「困るところを教えてください」
「失敗するとしたらどこでしょう」
「この考えの弱点は何でしょう」。
こう尋ねれば、反対意見は上司への反抗ではなく、より良い案をつくるための仕事になります。

五つ目は、「正解ではなく仮説として伝える」です。
「この施策で顧客満足が上がります」ではなく、「この施策で顧客満足が上がると考えています。本当にそうなるか確認しましょう」と伝える。
「これで効率化できます」ではなく、「これで全体の効率が上がるという仮説です。実施後に前後工程まで見て検証しましょう」と言う。
正解として提示された瞬間、人は賛成か反対かを迫られます。
しかし仮説なら、観察し、測定し、修正することができます。
私は、ここに改善活動との大きな接点があると思っています。

「何か意見ありますか?」では、なぜ何も出てこないのか

会議で説明を終えたあと、「何か意見はありますか?」と聞いた経験はありませんか。
私も使うことがあります。
決して悪い質問ではありません。
しかし、上司が20分間熱心に説明し、「これは会社の重要方針です」「絶対に成功させましょう」と話した直後に「何か意見ありますか?」と聞けば、部下からすると「賛成ですか、反対ですか」と聞かれているように感じることがあります。

そこで、質問を少し変えてみます。
「この施策を実施するとしたら、一番仕事が増えそうなのはどこでしょう?」
「現場で一番やりにくそうなのはどこですか?」
「半年後に『これは失敗だった』となるとしたら、何が起きたときでしょう?」
「私が見落としているとしたら、何だと思いますか?」
「この案で困る人がいるとしたら、誰でしょう?」。
すると、問いの性質が変わります。
賛成か反対かではなく、観察する問い、予測する問い、探す問いになります。

これは小さな違いに見えますが、私はとても大きいと思っています。
「反対意見を言ってください」と言われると、人は自分を反対側に置かなければなりません。
しかし「この案の弱点を一緒に探してください」と言われれば、上司と同じ側に立ったまま問題点を指摘できます。
管理職が欲しいのは、反対者を増やすことではないはずです。
意思決定の質を上げる情報を増やすことではないでしょうか。

「ただし」は、正論を弱くする言葉ではない

この五つを全部覚えるのは大変だと思う方には、一つだけ覚えていただきたい言葉があります。

「ただし」です。

「効率化が目的です。ただし、別部署に負担が移っていないでしょうか」
「安全のために必要です。ただし、現場で守りにくい条件はありませんか」
「顧客満足を高めたい。ただし、本当にお客様が望んでいることでしょうか」
「SDGsに貢献したい。ただし、別の場所へ環境負荷を移していないでしょうか」
「DXを進めたい。ただし、デジタル化したことで新しく増える作業はありませんか」。

「ただし」と言うと、せっかくの方針に水を差しているように聞こえるかもしれません。
私は逆だと思います。
「ただし」があるから、目的を本物にできる。
効率化と言いながら会社全体の工数が増えていたら、それは本当の効率化とは言いにくい。
安全のためのルールが現場では守りにくく、結果として別の危険行動を生んでいるなら、ルールをつくっただけで満足してはいけない。
顧客満足と言いながら、顧客が望んでいないサービスを増やし、社員まで疲弊させていたら、もう一度問い直した方がいい。

「ただし」は反対するための言葉ではありません。
目的に近づくために、見えていないものを探す言葉なのです。

工程だけでなく、「言葉のボトルネック」を探してみる

製造現場なら、モノが流れていなければ探します。
「どこで止まっている?」
「なぜここに仕掛品がたまっている?」
「前工程と後工程の能力はどうなっている?」。
ところが、組織の情報についてはどうでしょう。
Aさんは気づいている。
Bさんも違和感を持っている。
Cさんには以前の失敗経験がある。
それなのに、その情報が会議に出てこない。
目には見えませんが、そこには大量の「言われなかった情報」が滞留しているのかもしれません。

もしそうなら、私はそれを「言葉のボトルネック」と呼んでみたいのです。

会社が本当に欲しいのは、「問題ありません」という報告だけではないはずです。
「ここが変です」
「このやり方ではうまくいきません」
「別の部署で負荷が増えています」という情報も欲しいはずです。
それなのに、半年後に問題が顕在化してから「どうしてもっと早く言わなかったんだ」と聞いてしまう。
そこで、「報告意識が低い」「もっとコミュニケーションを取ろう」と対策する。
その前に、一度確認してみたいことがあります。

「なぜ言わなかったのか」ではなく、「なぜ言えなかったのだろう」。

そして、もう一つ。

「言えなかった」のではなく、「言っても意味がないと思わせていなかっただろうか」。

ここまで問いを進めると、社員側だけを改善対象にすることはできなくなります。
会議の進め方、上司の反応、過去の経験、組織の意思決定プロセス、そして普段何気なく使っている言葉まで、改善対象として見えてきます。

管理職に必要なのは、「答えを持つ力」だけなのだろうか

管理職になるほど、答えを求められます。
部下から相談される。
経営から方針を伝えられる。
事故や不良が起きれば判断を求められる。
長い経験を持つ管理職ほど、過去の成功や失敗から多くの答えを持っています。
それは大きな財産です。

ただ、生成AIまで瞬時に答えを出すようになった時代に、私は管理職にはもう一つ重要な力があるのではないかと思っています。

それは、問いを残す力です。

自分の答えを伝えたあと、「私はこう考えています。でも、違う見方はありませんか」と問いを残す。
方針を伝えたあと、「この方針を現場で実現するとしたら、一番困ることは何でしょう」と問いを残す。
改善案を提示したあと、「この改善で、新しいボトルネックが生まれるとしたらどこでしょう」と問いを残す。
すると、一人の管理職の経験だけで考えていた仕事の中に、若手の違和感、熟練者の暗黙知、他部署の事情、顧客と接している人の感覚などが入ってきます。

これは、上司が答えを持たないということではありません。
私はむしろ逆だと思っています。
答えを持っている人だからこそ、自分の答えを一度仮説として置き、他者の問いを受け入れることができる。
それができる管理職の方が、変化の激しい時代には強いのではないでしょうか。

次の会議で、部下が黙ったら少し未来の会議を想像してみてください。
あなたが説明を終えます。
「以上です。何か意見ありますか?」。
会議室が静かになる。
以前なら、「もう少し主体的に意見を言ってくれればいいんだけどな」と感じていたかもしれません。

そのとき、ほんの数秒だけ、自分自身に問いを向けてみてください。

「今の私の伝え方の中に、問いを止める言葉はなかっただろうか?」

「これは会社方針です」と言わなかったか。
「効率化のためです」と、目的と方法を一緒に決定事項にしていなかったか。
「お客様のためだから」と、反論すれば顧客を大切にしていないように聞こえる言い方になっていなかったか。
「もう決まったことだから」と、考える余地まで閉じていなかったか。

もし思い当たる言葉があったとしても、私は自分を責める必要はないと思っています。
なぜなら、おそらく、その言葉を使ったとき、あなたは会社を悪くしたかったわけではないからです。
むしろ、良くしたかった。
安全にしたかった。
お客様に喜んでほしかった。
会社の業績を上げたかった。
だから目的を強く伝えたのだと思います。

だとしたら、変えるのはその思いではありません。

伝え方を、ほんの少し変えればいい。

正論で終わらせず、正論から問いを始める

私は「正しい言葉を使うな」と言いたいのではありません。
コストダウンは必要です。
効率化も、生産性向上も必要でしょう。
品質も安全も顧客満足も重要です。
地球環境について考えることも、持続可能な社会をつくることも大切です。

だからこそ、その正しさで思考を終わらせない。

「効率化のためです。ただ、どこかに負担が移っていませんか?」

「会社方針です。ただ、実現方法にはどんな工夫ができそうですか?」

「安全のために必要です。ただ、このルールが守りにくくなる場面はありませんか?」

「顧客満足を高めたいと思っています。ただ、本当にお客様が求めていることと一致していますか?」

たった一つの問いです。

しかし、その一問によって、誰かの頭の中に眠っていた違和感が言葉になるかもしれません。
その違和感から、今まで見えなかったリスクが見つかるかもしれない。
隣の部署へ移動しかけていたムダに気づくかもしれない。
そして、自分の意見が改善につながった社員は、「言われたからやる」ではなく、「自分もこの仕事を良くしている」と感じるかもしれません。

私は、そこに心理的安全性があり、そこから当事者意識が生まれ、エンゲージメントへつながっていく可能性があると思っています。

工程のボトルネックなら、私たちは一生懸命探します。
モノが止まっていたら、「なぜ止まっているのだろう」と考えます。
それなら、組織の中で情報が止まっているときにも、「なぜ社員は何も言わないんだ」と人を問題にする前に、「どこで問いが止まっているのだろう」と考えてみてもいいのではないでしょうか。

そのボトルネックは、制度かもしれません。
会議の進め方かもしれません。
過去の経験かもしれません。
そして、もしかすると、私たちが良かれと思って発している一つの「正しい言葉」かもしれません。

強い組織とは、正しい答えをたくさん持っている組織だけではない。

「それ、本当にそうだろうか?」と、正しい言葉にさえ問いを立てられる組織。

私は、そんな組織の方が、これからの変化の激しい時代には強いのではないかと思っています。

次にあなたが部下へ「効率化のためです」と言おうとしたとき、その言葉を飲み込む必要はありません。
そのまま伝えてください。ただし、その後ろに一つだけ、問いを添えてみてください。

「……ただ、私たちが見落としていることはありませんか?」

その瞬間、正論は人を黙らせる言葉ではなくなります。

正論で終わらせず、正論から問いを始める。

そこから、本当の改善が始まるのかもしれません。

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マネジメントコンサルティング部 部長
坂田 和則

国内外において、企業内外教育、自己啓発、人材活性化、コストダウン改善のサポートを数多く手がける。「その気にさせるきっかけ」を研究しながら改善ファシリテーションの概念を構築し提唱している。 特に課題解決に必要なコミュニケーション、モチベーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、解決行動活性化支援に強く、働く人の喜びを組織の成果につなげるよう活動中。 新5S思考術を用いたコンサルティングやセミナーを行い、企業支援数が190件以上及び年間延べ3,400人を越える人を対象に講演やセミナーの実績を誇る。

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